小説に含まれていない公式小説
原作小説全4巻に含まれていない公式の小説が2つあります。オフィシャルイラストレーションズの中に収録されている「グラウンド・ゼロ」と、ラジオドラマCDに付録されている「それ以外のことについて言えば、」です。これらはニンテンドーDSのソフト内には収録してありますが、読んだことない人もいるかと思います。私の書いたSSの中にはこれらの内容も関わってきますので、こちらで紹介したいと思います。<注意!>このページは未読の方には多分なネタバレが記載されています。ご理解の上閲覧ください
- グラウンド・ゼロ
- 時間は浅羽の物語が始まる直前、8月31日の午後6時37分から伊里野の視点で始まる。 ブラックマンタを操縦している伊里野は幽霊になったエリカと共に空にいた。 目的地は園原中学のプール。 エリカに学校のプールに忍び込んで泳ぐことを薦められた伊里野は、仲間たちの中で唯一泳げたエリカのように、泳げるようになりたい一心で夜の間に学校のプールへ行くことを決めた。 しかし、伊里野は園原基地に常に監視されている。飛行中ならなおのことで、常に3箇所のレーダー、100チャンネル以上の回線を使って監視されている。その上、緊急時には発令所から外部コマンドでマンタのオートパイロットを強制的に起動されてしまう。勝手な行動はできない。 ではどうすればいいのか。 エリカと伊里野は園原基地の一室で計画を練る。 そして不意にエリカが作戦を思いつく。 エリカは監視をごまかすウイルスコードを瞬時に書き上げた。 作戦はこうだ。 まずは基地から指示されたスケジュール通り、マンタに乗り込み空へ上がる。 そしてフライト中、伊里野が基地へマンタが故障したと嘘の報告をし、通常のフライトコースから外れる。 同時にウイルスを起動し、ブラックマンタのオートパイロットを起動させる。 基地側は逸れた進路に近い滑走路への緊急着陸を指示する。 エリカの書いたウイルスは基地から送られてくる信号をカットし、ダミー情報を常に送り続ける。 基地は偽の情報を観測し続け、その間に伊里野はコクピットから緊急離脱する。 オートパイロットで自動的に基地へマンタは帰還するが、基地はマンタがオートパイロットで操作されているということには基地に着くまでわからない。既に脱出していた伊里野は簡単には捕捉されない。 その間に園原中学へ向かう、というものだ。 立案者のエリカはついてはいけない。 エリカもついていきたいと思いつつも、自分の世界は空だけだからと言い残して消えた。 伊里野は1人になってしまったが、作戦を開始した。 エリカが立案した作戦は全てうまくいった。 伊里野は無事地上に危なげながらも着地し、園原中学へと向かう。 道中、様々な人物に目撃されながらもやりすごし、やっとの思いで園原中学にたどり着く。 あらかじめ着こんでおいた水着姿になり、水面を見つめる。 目に映るのは夜のプールの暗黒の水。 伊里野は恐怖に飲み込まれた。 この水に入ってしまったら死ぬかもしれない。 そう思ったとき、ふとひとつの疑問が脳内を掠めた。 今のエリカはしばしば伊里野に「死ぬこと」を薦める。 先程マンタに同乗していたときも言われた。 プールに行くのはやめて死んじゃうのはどう? 今の伊里野は死ぬことをそんなに嫌とは思わない。 それもいいかもしれない。そう思いつつエリカにたずねた。 死んだらどうなるの? エリカは天国に行くのよ。とさも当然のように答え、「天国の座標」まで教えてくれる。 ブルズアイ方位270距離40NM高度30の位置に天国はある。 伊里野はそんなに近いのかと思った。 だがその場は泳ぎたいと思う気持ちが勝った。 けれど今は少し状況が違う。 死ぬことを薦めてくるエリカが伊里野にプールへ行くことを薦めた。 なぜか。 同じブラックマンタのパイロットだった、もう死んでしまった仲間達のことを思う。 ジェイミーは砂漠に堕ちて公園になった。 ディーンは最初の「戦死者」だった。 エンリコは9m弾で自分の頭を吹き飛ばして死んだ。 そしてエリカは出撃したまま戻ってこなかった。 もしかして自分にエリカが見えるように、他のみんなも幽霊が見えていたのではないか。ディーンにはジェイミーの幽霊が、エンリコにはディーンの幽霊が、エリカにはエンリコの幽霊が見えていたのではないか。 隔離されていたはずのエンリコがなぜ拳銃を持っていたのかは最後まで謎だったし、エリカの最後の出撃は「未帰還」という形で終わった。エンリコに拳銃を渡したのはディーンの幽霊だったのではないか。エリカはエンリコの幽霊に「天国の座標」を教えられたのではないか。 みんながそうだったのだとすれば、死はそう怖いことではなかった。 プールサイドにしゃがみこみ、水面に波紋を広げる。 もう何も怖くない。 そう思った瞬間に気づいた。 誰かいる。 「あの、」 伊里野は飛び上がって驚いた。 時間の感覚がゆっくりと流れ、バランスを失いつつ振り返るとそこには名前も知らない少年がいた。 助けて欲しかった。 今の今まで死を覚悟していたのに。 識別信号に応答しないオブジェクトはすべて敵だと教えられていたのに。 伊里野の左手がゆっくりと少年のほうに差し出され。 イリヤの空、UFOの夏第1巻に続く。 と、いう内容になっています。 未読の方は、あの夏が始まるまでの伊里野が見られますので読んでみるべきだと思います。
- それ以外のことについて言えば、
- この短編の主人公は町田一輝。 園原市の大学に通う4年生だ。 9月1日ともなれば周囲の大学生4年生は就職活動や卒業論文の準備で忙しいのだが、彼は学部の関係で卒業論文もなく、実家の蕎麦屋を継ぐ予定なので就職活動もない。あまりにも暇すぎるせいで昨日など魔がさしてアダルトビデオをいっぺんに五本も借りてきてしまうほどヒマヒマだった。 と、浅羽理容店で浅羽父に髪を切ってもらいながら話す。 所属する学部を尋ねられ、町田は簡単に文学部と答えた。 正確には「人間科学部」であるが、去年に名前が変わったのである。 取りとめもない話を終え、散髪を終えた町田はポケットにある小銭を取り出し、料金を支払って店を出た。 彼はポケットの中に釣り銭を入れる癖があり、今ポケットの中身は500円に満たない。 午後からの時間を潰すには500円では心もとない。そう思った町田は浅羽理容店の真向かいのアパートに向かった。 そこの2階が町田の現住所であり、財布も自室に置いてきたままなのだ。 ぼろい階段を上り、自室の203号室へ向かう。窓からは向かいの浅羽理容店を見下すこともできる位置にあった。 ドアを開けると同時に大柄な男に胸倉をつかまれぶん投げられる。 脳裏に浮かぶのはアパートの管理人の藤吉老人の小言だ。 どすんどすんうるさいよ、と頭の中で藤吉老人がのたまう。 気がついたときには両手両足を拘束され、部屋の隅に転がされていた。 辺りを伺うと、作戦本部を設立しているかのような用途不明な機材に埋め尽くされ、町田の住む6畳間は1時間前に見たものから一変していた。 その中に自分を投げ飛ばした無表情な大男と、座り込んで何かをしている男が1人。 2人とも引越し屋の作業服を着ていた。 しかしどう考えてもまっとうな引越し屋ではない。 何者だと尋ねると、座り込んでいた男が振り返った。 若い。下手をすると自分より年下かもしれない男がルービックキューブを両手でがちゃがちゃといじっていた。 去年のクリスマスコンパに参加した際に後輩の女の子からもらったものだった。 大男はイズミさんと、若い男を呼んだ。 大男が去り、部屋にはイズミと町田の2人になる。 イズミはどうやら浅羽理容店を見張っているようで、専用のカメラやディスプレイなどを使って監視を続けていた。家族の全員を盗撮したかのような写真もあった。 イズミは未だにルービックキューブに手を焼いているようだった。 ルービックキューブの持ち主である町田はイズミに対してアドバイスを与える。 そして、それを機に少しだけイズミと距離を縮めた。 「守 和泉」と書いて「カミ イズミ」と読むとイズミは説明した。 町田はイズミに外出と電話を禁止されたが、それ以上は特に制限を言われることもなかったし、町田自身もそう不自由を感じはしなかった。必要なものは何日か毎に現れる大男に頼めば用意してくれた。 ビールを頼めば買ってきてくれたし、つまみもあった。 酒で気分のよくなった町田はイズミにも酒を飲ませ、バカ話をしながら大笑いまでしていた。 話の折り、イズミは自分たちが陸上自衛軍の特務兵―スパイであることを町田に打ち明けた。 町田は純粋にすごいと思ったが、イズミから言わせればそうすごいものでもないと言う。 園原市は石を投げればスパイに当たるぐらいの人員がいるらしい。 話の中で町田はアダルトビデオを返すのを忘れていたことを思い出し、ゴリ夫―大男のあだ名を町田が勝手につけた―に内緒にできるなら勝手に行っていいぞと許可までもらえるぐらい自由度は増していた。 町田は自分のこれからの進路を話し、実は自分はスパイになりたかったとイズミに告げる。どうやればスパイになれるのか、と。 イズミは笑いながら手順を説明した。 自衛軍にまず入隊し、そこから1年間訓練を終えれば「情報戦」のいずれかの部署の受験資格がもらえ、後は毎日勉強。そして二浪三浪としてしまう難しい試験をクリアできたらなれる。 町田はスパイという言葉の響きに熱を上げていた自分を恥ずかしく思うが、逆にイズミからすれば町田がうらやましいと言う。イズミは本当は大学生になりたかったのだ。 異様ながらも不自由ではない日常が続いた。しかし、日常は2人でアダルトビデオを鑑賞しているときに起きた。 殿山の中腹で爆発が起こり、イズミは町田を残して3日間帰らなかった。 帰ってくるなりイズミは、 「再来週に世界が滅亡するんだとしたら、お前ならまず何をしたい?」 とたずねた。町田は、 「鍋」 と答えた。 そして疎開のせいで閉めてしまった商店街をめぐり、何日もかけて材料を用意して2人で鍋をつついた。 灼熱地獄と化した六畳間の中で2人はパンツ一丁になって缶ビールを飲み干した。 最後は雑炊で締め、今度はイズミの最後にしたいことをしようと提案する。 2人は町田の大学に訪れた。 イズミはその気になればピッキングをしたり、警備システムをダウンさせたりできたはずだがそうはしなかった。ただ1つ、学食を利用できなかったのは心残りだったようだが。 町田はふと浮かんだ疑問をイズミにたずねた。人を殺したことはあるのかと。 イズミは一言、 「ない」 と答えた。 見られてはいけないものを見てしまった人物への対処は薬でするから抹殺する必要自体があまりないらしい。 薬物投与は注射が多く、催眠誘導を併用して相手の記憶をある程度選択的に消去したり変更したりする。やられた方は記憶に断絶があることには気づくが、自分が何をされたかは覚えていない。副作用もイズミは聞いたことがないらしい。薬も色々あるが、イズミは実績の浅い新薬は使わない主義であると言う。 イズミは煙草をふかしながらそう説明する。 町田は今まで一度もイズミが喫煙するのを見たことがなかったので言及すると、イズミは人の家だから遠慮していたのだ、と説明した。町田は人の家を問答無用で占拠する輩が喫煙に遠慮するというそのギャップが可笑しくて芝生に転がって大笑いし始めた。 10月27日。 人類は滅亡しなかった。 町田の家の撤収作業が行われ、その行為はゴリ夫が30分ですませてしまった。 イズミは町田の記憶を消さなければならないと告げ、注射器を見せた。 ケツに撃つのはやめてくれという町田に対し、イズミは場所はどこでもいいように設計されているから大丈夫だと告げた。 そして、イズミは記憶を消されても、その後どうにかならないでくれと町田に頼む。 「お前なら大丈夫だと思っている。お前がこれから何をしても責任も成果もお前のものだ。それだけは忘れないでくれ」と。 町田は簡素に、 「無理だね」 と返した。記憶を消されるんだから覚えてられるわけがない。 イズミは自分が今からしようとしていることに気づいて苦笑し、最後の言葉を発した。 「来世で会おう」 町田は目覚めた。 自室の2つ折りにした座布団を枕にして横になっていた。 何も思い出せない。 そして座布団の傍らに6面がそろったルービックキューブを見つけた。 本棚の隅に転がしておいたはずのものがなぜ枕元にあるのか。 やがて見つめるうちに町田の口元に笑みが自然と浮かぶ。 なぜ笑っているのかは町田自身もわからない。 以上となります。 町田が登場する話も近々番外編としてUPしますので、未読の方は是非原作を読んでみてください。 町田君は非常にユーモラスでいいです。
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