カウンター

録画


光道ビデオレンタル。
園原市でも一等古いことで有名なこの店舗は、時代がVHSから新メディア媒体に移行されつつある中でも断じてそれらを導入することはない。時代の流れと共に変容するメディア媒体ではあれど、アダルトビデオといえばVHS。VHSと言えばアダルトビデオというモットーを貫く店主、館野幸三46歳独身は、カウンター奥にある客からは見えない位置にある一室で、電気もつけずに今月入荷した誰にもレンタルされていないアダルトビデオを鑑賞していた。

重要な仕事だった。

入荷して初開封だと言っても、それに問題が潜んでいないとは限らない。タイトルに誤りはないか。出演しているAV女優はどこかのソックリさんではないか。そして重要なのは途中で映像が途切れたりしていないかのチェックだ。作品が途中で途切れてしまうというケースはVHSでは逃れられない業のようなものであり、万が一製作者のミスでまったく関係のない映像が上書きされているかもしれない。それも作品の上で最も重要な、ピンク――いやピークのシーンにそんな邪魔立てがあれば自分であってもレンタル側に自爆テロでも起こしたくなるような憤りを生んでしまう。
そんなことは絶対にあってはいけない。
だからこそ、こんな昼間から部屋の一室でしかたなく、逃れられない宿命として、この職を引き継いだあの26年前の嵐の日から、そう、あれは激動の日々を生き抜いてきた自身の人生であり……つまりははちきれんばかりの……なまめかしくも豊満な……おお。
目の前に迫るこの世の神秘に、涅槃に入った仏のような表情を館野が浮かべた瞬間であった。
ピンポーンという玄関口に来客が来た際に鳴る電子音が響く。
無視する。
眉すら動かさず、眼前の性情、違う――正常かどうかの確認が優先だ。
「オヤジー」
今度は性なる、ではなく聖なる行いを阻害する憎々しい――いや若々しい男の声が聞こえた気がした。だが今はそれどころではない。自分は今人生の曲面を迎えているのだ。戦慄が背筋を駆け上がってくるのを感じる。
「…………おお」
再び涅槃に入ることができそうになったが、
ビーーーー。
今度はレジに置いてある呼び出し用のブザーの音が鳴る。館野はすべてのアドレナリンがサァァと音を立てて全身から抜けていくのを感じた。
「くぬぅぅぅぅぅ!!!」
館野は未だキラリと白く光る上下の歯をこれでもかと言わんばかりに噛み締めながら机に拳を4度叩きつけ、血の涙を流す鬼のような形相で監視モニターに視線を飛ばす。
店の入り口に2台取り付けたうちの一台がレジカウンターを映し出しており、そこにはよく見知った近所の大学生の顔があった。もう1台のカメラは入り口を斜め上から撮影しており、ガラス戸を半ば開けたままで見慣れぬ男がカメラを凝視していた。
怒りが殺意へと変化し、一瞬護身用の金属バットに手を伸ばしそうになるが事の顛末をかんがみて湧き上がった衝動をどうにか抑えながら、館野は返事を外にいる上客である男に向けて投げかけた。
「すぐいくよー」
両手で顔面を覆い、泣く泣くビデオデッキの停止ボタンを押してから館野は扉に向かった。

「なんだいるじゃんか。いくら閑古鳥が鳴いてるからってレジ放置はまずいだろ」
よっ、とカウンターに肘をつけたまま微笑む見知った大学生――町田一輝の無神経な笑顔を見て再び殺意が湧き上がりそうになるのをぐっとこらえて館野も笑みを返す。
「監視カメラがついてるから大丈夫だよ町田くん。それにうちの商売は夜になってからが勝負だから心配しないで大丈夫だ。どうせ来るのは君みたいに暇な大学生だけだし」
「確かにな! はは」
含みを混ぜて投げた言葉に町田はまったく気づかない。
まあいい。どうせ社会人ともなればそんな気楽さとは打って変わった過酷な生活が始まるのだ。せいぜい楽しんでおくがいいさ。館野は冷ややかな笑みを浮かべた。その心情が漏れたわけではないだろうが、町田の後方で佇む男の視線が妙に鋭いことに気づく。
「あれ? 町田くん、そっちの人は大学の友達かい?」
身の丈豊かな男はパッと見た限りではもう社会人になってから何年も経って経験が実力になりつつある年齢のように見えたが、よく目を凝らしてみるとその肌は若々しいようにも見える。伊達に毎日何人もの若い肌を見ているわけではない。
「連れには違いないけど大学生じゃないよ。ブンヤだよブンヤ」
「ブンヤ?」
聞きなれない単語にオウム返しに応えてしまう。町田の後方にたたずんでいた男は会話を聞いてか、カウンターにズシズシと近づいてきた。
「その呼び方はよせ。ジャーナリストだと言っているだろう」
「記者さんかい?」
「――まぁそんなところだ」
男の正体が記者だという説明は多少の違和感を生む。しかし言われてみれば男の風貌から妙に納得するものがあるのも事実だ。妙に鋭いその視線にはいくつかの危急な事態を乗り越えてきた独特の落ち着きのようなものを感じる。とはいえ、町田との関連性は見つけられない。じろじろと観察する館野の訝しげな視線に男のほうも気づいたようだ。
「水前寺邦博という、今日は2、3聞きたいことがあってこちらに赴いた。営業中なのは見ればわかるが、少しだけ時間を割いてもらっても構わないだろうか」
名乗ると同時に慇懃に頭を垂れる男には猜疑心は多少残したままだが嫌悪感までは抱かない。長年営むこの光道レンタルの運営自体にやましいところは何もないのだ。面倒だと本心を語るのは簡単だが、それは流石に子供じみた理由だ。無下に断る理由も来店状況からすぐには考え付かない。むしろ記者などという一般市民としては中々お目にかかれない存在が訪れた理由の方が館野の好奇心をうずかせた。
「――ええ。いいですとも。私は店長の館野。見ての通り客も今は1人もいませんし少しならいいですよ」
悲しいかな館野の左手が店内に向けられるが人影は誰もおらず、店内にいくつか取り付けられた監視カメラの音だけがジジジと返事をする。
「助かる」
水前寺と名乗った男は館野よりも高い位置にある頭をぺこりと下げた。
「な、店長は話がわかるから大丈夫だって言っただろ? 借りてた例のビデオの返却日、1ヶ月くらい過ぎてたんだけど延滞料なしでいいっつってくれたんだぜ! 太っ腹だろ?」
「ほう」
「ご愛顧にしてくれてるからね、特別だよ特別」
内心で舌打ちをしつつ、強引にでもふんだくっておくんだったと館野は後悔する。町田から延滞料金を取らなかったのは戦争が始まって夜逃げ同然の疎開が余りにも多かったため他にも町田と同じような延滞客が大勢いたためだ。全員から正確に徴収しようととも思ったがそうすると多額の延滞料と引き換えに今後絶対にその客はこの店から離れてしまうだろう。将来性を考えて、苦肉の策で延滞料の支払いを免除したのだが、お気楽な大学4年生ゆえに妙な誤解をしているようだ。

「さて――」
入り口のガラス戸を締め切り、館野は2人をカウンターの内側に招いた。本来ならカウンターの内側には暇つぶし用の新聞だとか雑誌だとか携帯ゲームだとかが置いてあるため客を内部に入れるようなことはしない。僅かではあるが、レジの中には金もあるし、相手を間違えれば数ヶ月は自分のこづかいなど消し飛んでしまうだろう。 しかし、館野は自分の店でカウンター越しに客と長時間話してはいられない理由があった。もうほとんど完治してはいるのだが、半年前にひざを骨折してしまってから立ち話はつらいものがあるのだ。
無論理由はそれだけではない。どうもこの初めて会う男は、光道レンタルにはとんと縁がなかった騒動の萌芽のようなものを持ち込んだのではないかという予感がした。それはある意味完結してしまっている人生を送る自分に僅かな変化を伴うのではないか、それは否定するものではなくむしろ童心をくすぐる僅かな興奮となっているのではと館野は直感的に理解していたからだ。
「奥に入って」
館野は指で奥を指し、長さが3mで高さは天井まで届かんばかりの滑車付きのビデオラックを移動させた。店内においてあるビデオのサンプルは中身を抜き取ったパッケージだけであり、中身はこのカウンターの中にある巨大なビデオラックにすべて収納してある。
ビデオラックはカウンターの内部を移動できるように滑車は着いているが、滑車は決まったラインにしか移動することはなく、自由に動くわけではない。時折整理のためにカウンターの中にいながら中身を入れ替えるために設置したものだった。ビデオラックに取り付けられたハンドルレバーを回転させると巨大なビデオラックは徐々に動きだし、これ以降来客が来ても2人が見えないように壁を作る。店内には同じ大きさのビデオラックがあと7つあり、そのうちの2つの間にパイプ椅子を並べて2人に座るように薦める。館野自身はレジ前の業務用椅子をカラカラと押して客からも2人からも見える位置に陣取った。
「それで? 聞きたいことってなんだい? 新作なら今チェック中だから明日には棚に並べる予定だよ」
町田の視線がキラリと輝きを放つ。
「お勧めはあった?」
「町田クンの好みのものはないなぁ。若い子ばっかりだ」
予想通りの反応に館野はまったく、と内心笑う。
この町田という大学生はかなりの量のアダルトビデオを借りてくれる上客だが、なにぶん趣味の範囲が狭すぎてどストライクを用意するのは難しい。しかしそれでも普通のビデオと合わせて来店すれば5本は借りてくれる上客だ。だからどれだけ馴れ馴れしい態度を取られようが、内心ではこの変態が! と罵りたいのをいつもどうにか我慢している。
「ええと。ああ、これ入荷リストなんだけど……町田クン向けのは月末には入荷するよ」
パイプ椅子ががたんと跳ね除けられる。
「タイトルは!? 誰が出るんだ!?」
おい、と町田を隣の水前寺という男が抑えた。
「今日はそういう下の話は後にしてくれと言っただろう」
「あれ、そっちの話じゃないんだ? じゃあ後はこのエイリアンがテーマのUFO特番くらいしか今月は、」
「タイトルは!? エイリアンが出演するのか!?」
再びパイプ椅子ががたんと跳ね除けられ、今度は水前寺が荒い息を吐き出した。
なんなんだこの2人は。

双方の疑問が解決すると、町田は満足そうに――水前寺はあからさまにがっかりしたような様子でパイプ椅子の上に載せた尻を持ち上げて座りなおす。
うおっほん、というわざとらしすぎる咳払いが町田の喉から出て、その視線がちらりと水前寺に向けられた。水前寺は町田の視線を受け止めた後小さく頷く。2人の表情にようやく真剣さが戻ったように館野には見えた。
「オヤジ。一番最近で俺が借りたビデオの履歴って残ってるか?」
質問の意味を館野は一瞬だけ考えたが、それはどのような推測にも至ることはできなかった。
「履歴? ああ、何を借りたかとかかい? それならあるけど――調べようか?」
「ああ。あ、借りた日付もよろしく」
「町田クンの会員証ある?」
「ほい」
「いいビデオのタイトルでも忘れたのかい?」
「俺は気に入ったAV情報は忘れない」
館野は自信満々にかっこ悪い台詞を吐く町田に苦笑し、内心で絶対こいつ彼女いないなと思ってから椅子から立ち上がる。タイトルを忘れた以外に履歴を見る理由などあるだろうか。出演していたAV女優の名前も町田なら先ほどと同じ台詞を豪語しそうだし、違うだろう。では一体何を知りたいと思っているのだろう。
館野は奥の部屋でつけっぱなしだったノート型のコンピュータのスクリーンセーバーを解除し、町田の会員証に付随された顧客№を入力する。日付はそう前のものではない。町田が借りたビデオは5本。そのすべてがアダルト指定されているものだ。
「あったよ」
そう返事をしつつ、館野はノート型のコンピュータの電源コードを抜いて2人の前で膝に乗せたままで画面を見せた。 水前寺が身を乗り出し、懐から見慣れた光道レンタルのレシートを取り出してコンピュータに表示されたタイトルとを交互に見比べる。
「確かに一致しているな」
「だな。なぁ、オヤジ。あんまり他の人には話してほしくないんだけどさ。俺この2ヶ月近くの記憶がないんだよ」
なんでもないかの口調で、町田はとんでもないことを口にした。思考が停止し、僅かに空いた口で3度の呼吸をした後、ようやく館野から、
「は……どういうことだい?」
というありふれた疑問が出た。
記憶がない? 記者を伴ってビデオ屋に来る状況からなんだかよくわからない事態であるということは理解していたが、その予想を上回るような事態に館野は猜疑心を限界までひねり上げ、なんだか妙なことになってきたと思った。前々からどこか一般的な学生とは違うというか、頭のねじが悪い方向にひん曲がってしまったか折れたかしてるなとは思っていたが、ついに常識という踏み越えてはいけない絶対防衛ラインを単独フライトして非常識の領域に軟着陸してしまったのだろうか。
半ば予想していた反応だったのだろう。館野の視線を受けても町田はひるむ事はなかった。
「でさ、とりあえずはしょって話すから聞くだけ聞いてくれるか?――」
町田は腰をすえて館野に説明を続けた。この2ヶ月の記憶がないこと。それにはどうやら軍の秘密組織が関わっていること。それを調査する目的で水前寺と行動を共にしていること。
どれもにわかには信じることのできない話だ。しかし、同席する水前寺がただじっと館野の反応を食い入るように見つめていることに気づいたとき、これはどうやら自分を担ごうとするような類の与太話ではないかもしれないと思った。しがないレンタルビデオ屋の店主でしかない自分を担ぐ理由がまず浮かばない。だが自分がそうとは思えないだけで、この2人には自分に期待している何かがあるのだろうか。
いくつかの懸念が館野の脳を支配するが、しかしそれらは次第に隅のほうに追いやられていく。荒唐無稽な話のわりに、妙にこまかいディティール。感想。言葉につまるのは本人も色々と思い出しながら話していることが伝わり、それは覚えてきた台本ではなく真実の言葉であるような重みを持っている。疑問の代わりに館野の脳内を徐々にある感情が染め上げていく。それは幼い頃に捨ててきた「好奇心」だった。
館野は自慢ではないが、1日のほとんどをビデオという空想や想像の産物である非日常情景を眺め続けている人間である。物語の中でしか体験できないことを、自分も体験してみたいと思ったことは幾度となく思ったものだ。年甲斐もなくこういった妄想にふける趣味は流石に周囲に流布するわけではないが、そういった傾向は確かにある。つまり信じるとまではいかなくとも、それが例え町田の誇大妄想だとしてもその行き着く先を垣間見たいという好奇心は沸いた。無論、自身の安全が最優先であるという絶対防衛ラインを飛び越えない限りではあるが。

町田の話がとりあえずの終着点に辿りついた。
長い沈黙があった。
町田と水前寺は館野を見つめ、反応を待った。その2人の真剣な目は、館野に残されていた場を笑いで流すという選択肢を除外させるに値するものだった。深く、長いため息をついてから館野は思ったことを正直に話すことにした。
「にわかには信じがたいね。――ただ、その話が事実だと仮定した上で振り返ると確かにこの5本のビデオを借りた日。町田クンはいつもと違ってたね。なんせ今日みたいに連れがいたんだし」
館野は自身の記憶を呼び起こすように煙草のヤニがしみついたくすんだ天井を見上げながら呟いた。
町田と水前寺が互いに疑問の表情を浮かべて視線を交錯させた。
「連れ? 俺が誰かとビデオ借りに来たってのか?」
「そうだよ。もちろん水前寺さんじゃない誰かだ。君は酔っ払ってたみたいだけど、僕はてっきり大学の友達と盛り上がった勢いでビデオ借りに来たのかと思ってね。借りたビデオも君の趣味じゃないのも入ってたからよく覚えてる」
「どんなやつだった!?」
そう勢い込んできたのは町田ではなく、隣に座る水前寺だった。
「なんなら直に見るかい? 監視映像なら残してあるから件の男がカウンターに立ったときも入り口をくぐった時の様子も見れるよ」
軽い口笛が町田の口から発せられ、パイプ椅子に座る2人が無言で頷きあった。
「頼むよ、親父」
「見させてくれ」
館野は業務用の椅子を引き、まだ座ったままの2人に向けて10歳は若返ったような気分で笑顔を向ける。
「オフレコで頼むよ。最近こういうの厳しくてね。じゃあカウンターの下に監視映像のビデオがあるから全部あの奥の部屋に運んで。そっちの部屋にテレビとデッキがあるから」
町田と水前寺は同時に館野と同じ顔になって立ち上がった。

早送りと巻き戻しを繰り返す作業が光道レンタルの一室で続く。日付は特定されている。監視映像のビデオには番号ラベルがついているし、借りた日付もコンピュータの履歴にありありと記載されていたため録画箇所を特定するのにはそう時間はかからなかった。
「もうすぐかな――おっと。ほら……ここからだ」
食い入るように画面を見つめていた水前寺は暗い部屋に映し出された画面にぶつからんばかりに顔を寄せる。町田も負けじと画面を覗き込もうとせりよってくる。
「確かに町田だな……」
3人が見つめる中、監視カメラで撮影された映像の中で光道レンタルの正面入り口に町田が現れた。服装こそ違うし、ベロベロに酔っ払ってはいるがそれは確かに町田一輝だった。監視カメラに表示されていた時刻は「PM11:32」あと30分足らずで閉店する時刻である。画面の中の町田はふらつく足取りで店内に足を踏み入れ、微かな街灯の光が差し込める背後を振り返った。監視カメラの映像では範囲に入っていないが、画面の中の町田には同行している人物が見えているのだろう。しきりに手招きしているのが確認できる。そして、
ザッ。
画面が突如揺れた。
そして3人が見つめる画面に、突如砂嵐が流れた。ケーブルが繋がっていない時や放送が終了した際に流れるあの砂嵐だ。
「なっ」
館野が思わず驚きの声を上げてしまう。顔をめぐらせると、自分と同じ疑問の表情を浮かべる町田と、口元に手を当てて険しい瞳を画面に向ける水前寺の顔があった。
「こんなところまで……」
口調こそ変化はなかったものの、言葉に載せられた感情は心穏やかな雰囲気ではなかった。そして理解しがたくはあるが彼の様子から1つの可能性が館野の中で浮上する。もしや、水前寺は半ばこの状況を予想していたのか?
おかしい。
ありえない。
監視映像のビデオは確かに客が移動する通路側と店員側を区分するカウンターのすぐ裏に重ねて置いてあった。取ろうと思えば自分の目を盗んで手を伸ばせば一瞬の作業だ。だがそれを実行する理由が浮かばない。
1日に1度の作業であるし、保険会社と警備会社から強く念を押されて設置したものであったから仕方なしではあったが欠かすことのなかった防犯用の監視。戦争だとか、紛争だとか、色々起きた園原市ではあったが館野の周りは到って平和だった。疎開するなどという他の市民を鼻で笑っていた館野である。現に今日まで命の危険など感じることは1度たりとも起きたことはなかった。だが、それは自分が周囲から、本当の危険から目を背けていただけだったのだろうか。
監視映像の突然の変調。原因は自分のミスか。機械の故障か。そう思うのが自然だった。
だが。
自分は既に知っている。目の前にいる2人から先ほど聞いたばかりだ。不自然な事象が起きることを。それを起こす人間が園原市にいることを。
こんなところまで――。
その言葉の意味を考えたとき、先ほどの好奇心が急速な勢いでしぼみ、変わりにいいようの知れない感情が腹の底に沈殿していくのを館野は感じた。
そう、館野は思い到ってしまった。

『いじくられたのは自分かもしれない』ということに。


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