提案
「君の質問に答える義理はない」 言葉を遮られ、町田は唇を軽く噛む。 この状況を覆す手段、自分にはそんな方法は1つも浮かばない。 だが、頼みの水前寺は銃弾を喰らって今も苦しげに呼吸を繰り返している。 その思考は今も高速で回転しているのか、男に向けた視線の中には怒りだけではない感情が渦巻いているようだった。 いちかばちか、飛びついて押さえ込む。 そんな無謀とも取れる手段が頭をよぎるが、現状ではそれも不可能だ。奴は慎重に自分と水前寺双方との距離を保ち、銃をちらつかせている。 とてもじゃないが奇襲してどうなるものではない。 なにか、なにかできることはないか。 じっと見つめてくる男の仮面の奥に隠された瞳がギラリと輝いたように見えた。 「無謀な奇襲を踏みとどまったのは評価に値するよ、町田君。君はどうにも不出来な印象を人に与える割には状況判断は優れているらしい。だが……、現状を覆すのは君でも、水前寺君でも無理だと思うよ。なぁ? 水前寺君」 「く……」 水前寺の漏らした声は苦痛から漏れたものか、それとも図星を点かれたためか。あるいはその両方か。 「さて、色々質問したが、実は今後の予定にはなんら意味をもたない。俺の知的好奇心というやつだ。それよりも2人が無傷で――水前寺君は今ここで負傷してしまったが――ここにいるという事実。それを俺は高く評価してる。だから、君たちにも真実を教えよう」 男は右手に握った銃を手の中で回転させるとグリップを持ち、スナップを利かせて床に銃を放り投げた。 重々しい音と共に殺人の道具が町田の足元に転がる。 町田は男の行動に理解が及ばない。 なぜ所持している銃を捨てる必要がある。 わかるはずもない。 ただ、1つだけわかることはこの銃を拾うような動きを男が見過ごすはずがないということだ。 男は両手をパンと軽く打ち合わせ――、 「水前寺君は気づいているかもしれないが、――俺が自衛軍の正規兵として入隊しているのは潜入工作のためだ。『北』に属するNILの構成メンバー、それが本来の立場さ」 北の構成メンバー。 もしこの仮面をつけた怪しさ純度100%超の男の言うことが真実ならば、それは自衛軍に潜入したスパイだということになる。 町田の脳裏にチリリと何かがくすぶる。 スパイ――という言葉を浮かべた瞬間になぜか煙草を咥えて笑う名前も知らない誰かの顔が浮かぶ。しかしその顔は一瞬で雲散霧消し、もう思い出すことはできなかった。 「なぜ、それをおれと町田に、話すんだ。もう消すからか」 息も絶え絶えに、横たわる水前寺が男に向かって質問を投げかける。 男はふん、と鼻で笑った後、首を横に振る。 「違う違う。君たちのことは評価してるって言っただろ? 君たちには俺の計画に一枚かんでもらいたいのさ」 「計画、だと」 男は不意に立ち上がり、水前寺の傍に近づいていく。 「そう、計画。俺に与えられた任務はね。とある秘密兵器のパイロットを本国に連れ帰ることだ」 水前寺は痛むであろう腹に当てていた手を外し、男に鋭い視線を向ける。 「秘密兵器? もしかしてフーファイターのことか、あれが実在するならさぞかし、」 「そのパイロットに与えられたコードネームは『アリス』、他の呼び名で言えば『バンディット1-3』。君なら知っているだろう?」 「知らん」 男は水前寺を高い位置から見下ろしつつ、一語一語を重ねてきたが、突然腰を折り、水前寺の眼前にまで自身の首を持っていく。 「本当に? 君ともあろう者が心当たりもないのかい? 君の人生で素性のまったく知れない人物と限定すれば自ずと答えは出るはずなんだが」 「――まさか」 男に向けられていた視線は深く沈み、水前寺は己の記憶を反芻するかのように動揺していた。 水前寺の様子に男は満足したような声で、 「ご名答、そのパイロットの名前は『伊里野加奈』、だ」 男は上着のポケットに手を入れ、中から2枚の紙を取り出し、水前寺に見せた。町田からは見えないが、大きさから言って写真のように思える。その伊里野加奈の写真か。現に、水前寺は今まで見たことのないような愕然とした表情で男が提示したものを見つめいている。 銃を拾うなら今しかない。 町田は意識の隅でそう思ったが、10秒たっても動くことができなかった。 昔見た映画の中で似たような状況があったのだ。敵から渡された銃には弾が入っておらず、拾うという反抗の兆しを見せた男は簡単に射殺された。そんな間抜けな退場の仕方はしたくない。 無論そんなものはただの建前で、本当は自分が取った行動がどのような結果になるのか想像できなかったからだ。 町田は自分の意識から銃の存在を消し去ると、水前寺を尋問しているかのように詰め寄る男の背中をにらみつけた。 「今、君の頭の中ではかなりの数のピースが埋まっていっているんだろうね。だが、君のパズルと俺のパズルは形も大きさも違う。こちらのパズルを完成させるにはあと1つだけピースが足りなくてね。君たちに協力してもらい、その最後のピースを手にする。それさえ達成できれば作戦は成功だ」 「おれ達に何をさせようと言うんだ」 「アリスを監視している厄介な奴がいる。そいつの始末だ」 仮面の男はターゲットの名を口にする。 「軍の機密レベルの最上位に相当する男――榎本を拉致するんだ」
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