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コンピュータの演算能力を7台つなげたとしても、家庭用のものではそう大した能力の向上はない。

水前寺の部屋にはコンピュータが計9台ある。
そのうちの7台は常時起動していて、様々な処理を日夜続けている。 そして2台は情報漏洩を防ぐ持ち出し用バックアップとして1台。 外部に持ち出してもなんの足もつかないように処理してあるホワイトなコンピュータが1台だ。
故に、これから行う作業に必要な稼動可能なコンピュータはやはり7台なのだ。
直列させたコンピュータの1台を操作しながら水前寺は、演算能力を表す数値を確認しながらそう思った。しかし先ほどの大した能力がないという仮定は『家庭用』のコンピュータであるという前提の上に成り立っている。ではその前提が崩れた場合どうなるか。家庭用よりもはるかに高度な演算能力が導入されたコンピュータの7台直列ならどうなるか。
通常の7台直列でつなぐものよりも、27倍近い数値がはじき出されている。
しかしこれでも目的の作業を行うに当たって、能力が足りるかは未知数だった。
だがやってみる価値はあると水前寺は思う。
後はその目的のもの――グレーのカードが手に入るかどうかだった。
頭が答えの出ない迷宮にまたもや入りそうになるが、すんでの所で踏みとどまった水前寺は、グレーのカードの事へと思考をシフトさせた。
まずあれは一体なんなのかという当然の疑問だ。
恐らくあれは超がつくほど汎用性の高い高性能IDカードなのだろう。
どこまでの性能があるかはわからないが、軍事シェルターをカードだけで開閉することができるのだ。
相当な情報があれに詰まっているのは明らかだった。
もしかしたらあれは軍から浅羽へのプレゼントだったのかもしれない。
何かの功績を成した浅羽に送られたプレゼント。
いや、それはないと思い直す。
どんな功績を挙げれど、軍のシェルターを開閉するなど一市民に委ねられるべきものではない。なら、やはりあれは伊里野のものだったのだろう。例のシェルター事件の際も浅羽の手を引いた伊里野がどうやってシェルターのロックを解除したのか疑問だったが、浅羽の今日の動きであれはグレーのカードの仕業であったとわかった。同じカードかどうかは判断できないが、本来の所有者が伊里野で、浅羽がそれを譲られたのだとしたらあれほど浅羽があのカードを大事にしている理由が少しだけ理解できる。

コンピュータのセットはひとまず終了した。
それからの作業はカードが手元に届いてからだ。
次に水前寺はダンボールの中から天じい特製の電波感知器を取り出した。
天じいから急遽取り寄せたのは追加分の超高性能CPUだけではないのだ。
スイッチを入れる。
まず電波の送受信がどこから発生しているかを表示させた。 液晶画面に半径5m内で電波が送受信しているものを高低を含めた3次元空間で図示してくれる。 この部屋からは17の電波が送信され、6つの電波が受信されており、その数は双方まだ増えつつあった。 今更新されているのは水前寺の部屋から送受信される電波状況だ。
以前天じいがこの部屋に来ることがあった。
天じいは普段から電話などの手段を嫌うため突然の訪問が多い。
しかしその日は事前に手紙が届き、7月8日の午後に行くから部屋の中にばれない様に発信機をセットしてみろと指示があった。今度はどんな力作を自慢しに来るのか、水前寺自身楽しみでもあったのだが、天じいが部屋に着いてものの2分でセットした6つの盗聴器をすべて見つけ出したのには流石に驚いた。
そういう類のものの発明ができるのならなぜその手の食いぶちを探さないのか、それは水前寺が未だに抱く疑問であった。

「探知完了」
どの物体から電波が出て、また入っているかを水前寺は画面を確認しながら一つ一つ確認していく。
5分後。水前寺は安堵している自分に気づいた。
自分の体からは電波は送信されてもいなく、またその逆もなかった。
これは園原基地で拉致されている間に自分に妙な発信機の類が埋め込まれていないことを示している。
監視されているなら監視されているで、それを逆手に取る戦法もないではないが、やはりノーマークの状態であるならそれに越したことはない。だが安堵は瞬時に切り替わり、なぜなんの対策も取らずに開放などするのか? という疑念の種がかすかに芽吹く。
種を頭を振って脳内からはじき出す。まずは現状把握だ。
感知器を操作し、今度は「探知」から「保存」機能に切り替える。
これで先ほど感知した電波の受信記録を今日、この時間の日付で保存することができる。 もし後日この部屋に水前寺の把握していない発信機などの類が持ち込まれた際には「比較」機能で差異を把握することができるのだ。

不審物はない、と結論を出して水前寺は感知器を「探知」機能に切り替え、6時間毎に自動で保存できるように設定した。これは部屋に機材を仕込まれるというよりも、自分になにか埋め込まれることがあっても察知できるようにするためで、ある種の保険に近い。必要はないかもとは思ったが、事前策はとっておいて損はないだろう、と1人ごちてからバッグに詰めた。
代わりにシェルターに持ち込んだ双眼鏡とポータブルHDDを取り出す。
双眼鏡からは通信ケーブルが伸びていて、それはHDDに繋がっている。そのケーブルを双眼鏡から引き抜き、代わりにコンピュータに接続する。コンピュータ上でデータが表示された。
今朝にはなかった動画ファイルがいくつも出来上がっていた。
よし。
データは問題なく保存されている。
水前寺愛用の双眼鏡は、見たものを録画できる。
無理やり取り付けた保存用カード型メモリーではそう長くは録画できない問題点があったので、今日はポータブルHDDも持ち込んで、そちらに保存するようにしたのだ。
現に、録画容量は結構なサイズを誇っている。
録画データをポータブルHDDからコンピュータにコピーする。PCから保管用の13ある外付けHDDにすべてロック状態でバックアップを取る。そのうちの2つは蔵の屋根裏にある隠し場所へ。1つはゴミだめの中にナイロンに入れて置いておく。

コンピュータ上にコピーされたばかりの、動画ファイルの1つをクリックする。
録画データが再生される。
録画された時刻が右上に表示されている。「19時23分」の時刻に双眼鏡で見ていたものはシェルターにいる浅羽の背中だった。
まだ『目』の記録を浅羽が見るのは先のことだ。
動画ファイルを終了させる。
別のファイルをクリックする。
再度動画が再生される。
音声も双眼鏡に取り付けてあった指向性ブースターマイクの調整がどんぴしゃだったためにしっかりと聞き取れた。 既に『目』による再生は始まっており、椎名から伊里野へいくつかの質問があり、それに伊里野が答えている場面だった。水前寺が再び見たいと思っている箇所はもうすぐだ。
椎名と伊里野の門答は続いていて、浅羽がその不器用極まりない文句で伊里野を新聞部に勧誘している所で少し笑ってしまう。実に浅羽らしい度胸のなさだった。
突然椎名が後方へ椅子をがたっと引いた。
――ここだ。
「部活ってなんなのかよくわからなかったし、榎本にわからない質問されたらいそがしいからって言って離脱しろって言われてたから」
榎本という名前はやはり聞き間違いではなかった。
以前にも浅羽の口から伊里野の兄貴みたいなもの、という不確かな前提のもと口に出た名前だ。
今後軍の人間と関わることになった際には「榎本」という名前がキーワードになりそうだ。
考えるうちに動画は進行している。
椎名が「目」からいなくなり、席を立った。
情報端末を渡された伊里野がそのロックを解除している。
恐らくまずは認証コード。次に指紋認証、最後に音声認証だ。
情報端末に送られてくる情報はそれほど軍事機密に関わるようなものではないと思うのだが、厳重な認証解除に辟易する。
一旦動画を停止させ、伊里野が持つ情報端末に表示された暗号文をスクリーンキャプチャして隣のコンピュータの暗号解析ソフトに食わせる。恐らくこれで解除できるようなものではないと思うが念のためだ。 全文のキャプチャを終わらせると、それをプリントしておく。暗号をいつか解かないといけないときが来そうな予感がしたからだ。

再生ボタンをクリックした。 いよいよ違和感を感じた部分に差し掛かった。
「目」の端に写る保健室横の針葉樹。
そこには一匹のセミが止まっていて鳴き続けている。
そこから椎名が帰ってくるまでセミはずっとそこにいた。
椎名が帰ってきた。
「お待たせ。指令なんだって?」
セミが消えた。
文字通り、セミの鳴き声も消え、飛び立ったわけでもないのにセミの姿が一瞬で立ち消えた。
見間違いでも、聞き間違いでもなかった。
ひとつの違和感が消え、代わりにしばしの絶望感が水前寺を襲う。

だがその時間もそう長くはなかった。
手元においてあったメモとペンを手繰り寄せる。
伊里野と椎名の会話は続く。
キーワードだけをメモに列挙する。
レールガン。シャッフル。ランディングポイント。ブルズアイ方位270.0.5NM。美影。
キーワードはこれだけだ。
確認したい部分は以上だった。
動画を終了する。
メモを持って部屋の中央に座して待つ広い机の上のものを右から左へすべてなぎ払う。
大小様々なものが吹き飛ぶが水前寺は一向に気にしたそぶりを見せない。
部屋の隅に置いていた炭酸飲料をまとめ買いしたのダンボールを机の上に広げ、その外縁部をガムテープで固定する。さらにさっきコンビニで買ったきたものを机の上にひっくり返した。本状のケースに収められた園原市の地図が4セット。ゴムひも。マジック。ピン。それらを一旦睥睨し、作業の工程を頭で構築する。
作業を開始する前にやはり確認しておいた方がいい。

まず周囲に違和感がないか立ち止まってしばし思考する。 物の配置は変わっていない。窓から外に見える景色は雨天時に普段見えるものと相違ない。念のためカーテンを2重に閉め、10秒後に再度窓の外をカーテンの隙間から確認する。コンピュータの裏に隠してあった電源のスイッチを入れ、この部屋に電波が飛んできたらアラームがなるようにセットし、赤外線監視カメラも火を入れる。
ここまでの準備を一挙に終わらせた水前寺は本棚の最下部にある辞典を取り出し、中身をくりぬいて入れておいたものさしのような金具を取り出し、窓から数えて2枚目と3枚目の畳の間のしかるべき隙間に金具を差し入れる。 すぐにかちっという音がして3枚目のほうの畳が少しだけ浮く。
金具をてこの原理で押すと3枚目の畳の下からいくつかのジェラルミンケースが現れる。
そのうちの一つに手をつけ、引っ張り出す。
中身を取り出してケースも畳も金具も全てもとあった場所に戻した。部屋の隅に鎮座しているホワイトボードに足組みを取り付けて畳の上を移動させて机の前に配置する。
それだけで水前寺のやぼったい部屋が少しだけ会議室然とその容貌を僅かに変容させた。
ケースの中身は地図だ。
過去の殿山を記録した、父方の祖父、天童のおじいが残した地図だった。
軍に記憶を消された際に地図のコピーは押収されたが、原紙は残してきて正解だった。
地図をホワイトボードに磁石で貼り付けてようやく準備が整った。

「さぁ、宝探しの時間だ」


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