協定
真っ暗な部屋に通される。 両手両足を車椅子のようなものに拘束され、身動きは一切できない。 車椅子は6m四方はある部屋の中心に外部操作で向かっている。 向かう先には真っ暗な部屋の中で唯一光が灯っている。 徐々に光源が近づいてくると、それは話に聞いていたとおり、ノート型のコンピュータだった。 簡素な事務用の机にポツンと置かれたコンピュータはデスクトップ画面が開いていた。 車椅子が止まる。 両手の拘束具が外される。 足は封じられたままだ。 促されるままに右手でマウスを操作し、デスクトップ画面に唯一あるファイルをクリックする。 起動。 ハッキング対処を全152ウォールにて構築中・・・クリアー。 2つのウォールにエラー発生と同時に当ファイルを強制削除します。 外部端子に機材の接続を確認された場合も同様にファイルを削除します。 パスワード配列を7億通りに変更。入力数列は120秒毎に変更します。 入力モードへ移行中。 パスワードを入力してください。制限時間は120秒。 ・ ・ パスワードを認識しました。 個人認証コードを入力してください。 ・ ・ 認証しました。 虹彩認証 ・ ・ 認証しました。 指紋認証 ・ ・ 認証しました。 登録コードNDM302398は閲覧権限がありません。 許可権限者の認証を得てください。 許可権限者1人目の認証コードを入力してください。 ・ ・ 認証しました。2人目の許可権限者の認証コードを入力してください。 ・ ・ 許可権限24件確認。 ネットワーク接続を強制遮断。 アーカイブ、起動。 キーワードを入力してください。 「平和条約」 m/t? ・ ・ 「m」 動画が自動で再生された。 華やかなパレードの様子が流される。 各国の首脳が集まり、手を取り合って平和をアピールしている動画だ。 10月26日以降、何度もテレビで流れていた世間一般に流されている平和条約締結会議とそのパレードの動画らしい。 世間では「北」と揶揄されている共和国系の代表、アラブ・アフリカ連合の首相、日米軍の総司令官と大統領が笑顔で手を結んだ姿が映し出されて動画は終了した。 こちらはメディアで流された平和条約だ。 ではt。「真実」とは? キーワードを入力してください。 「平和条約」 m/t? ・ ・ 「t」 また動画が再生された。 闇に包まれている部屋が映し出された。 この部屋ではない。一定の間隔で空間に灯る室内灯が空間の巨大さを物語っている。 メディアに流された平和条約の締結場面とは明らかに違う。 あちらは華やかに行われたのに対し、こちらはどう見ても平和な会議には見えない。 概要だけは聞いていたが、その光景を動画越しとは言え、生で見るとどれだけ秘密裏に行われた会議だったのかがわかる。 会議の内容は最後の戦いのこと。その作戦概要。終戦後の事後処理の取り決めだった。 「最後の戦い」とこの映像を見ていくうちに何度か話題に上がった。最後の戦いとは、人類対エイリアンの決着のことである。 しかし、会議でその名前は何度も出てくるものの、エイリアンに対抗する作戦自体には言及されない。議題に登るのは、最後の戦いに至るまでに反抗勢力をどうするか、であった。 各国それぞれに、武力で他国を征服しようとする勢力がある。 その兵力全てを合わせても、エイリアンの脅威には到底及ばない。が、だからといってエイリアンに対して自国の全兵力を投入して、疲弊したところを他国に攻め込まれては…という想像を人類は捨てきれなかった。 世界の情勢はそれほどに悪化していた。 共和国はエイリアンの侵攻時から情勢は変わっていない。他国への恨み、つらみを全面にぶつけることで国内の情勢を安定させようとしている。少数派はむしろ穏健派で、その派閥も兵力換算すると共和国全体の2割ほどしかいない。平和を望むよりも他国を責め滅ぼすことしか考えていないのだ。もし、共和国との全面戦争が今日までに実行されていれば、おそらくエイリアンの侵攻に関係なく人類の4割は消滅していただろう。 アラブ・アフリカ連合は中立を維持し続け、共和国との紛争は終わらないものの国対国の戦争にだけはならないようにしていた。 しかし、日米との友好関係を結ぶには未だ反抗勢力の邪魔が入り実現には至っていない。連合は国内、国外共に敵を抱えたままなのだ。 日米軍はエイリアンに対する特化戦力であるブラックマンタを保有している唯一の軍だ。 他国よりも圧倒的に有利なはずの兵力であったが、これが存在しているからこそ他国との冷戦状態を保っていられるとも言える。 このブラックマンタの情報を他国に売ろうとする勢力や、利用しようとする者が共和国のスパイと繋がったりする可能性が常に存在し、自国内の統制に悪戦苦闘している。 各国それぞれに爆弾を抱えた上で今日のこの会議があるのだ。 そして、長い討論の末に出た最後の戦いの作戦の結論は最悪だった。 他国を攻めようとする戦争擁護派を一網打尽にする全面戦争を行った後に、兵力に余裕があればエイリアンとの戦いに兵力を回すという内容だった。実質、エイリアンとの戦いに向かうのは一機の戦闘機―ここではブラックマンタと呼ばれていた―のみだった。 人類にとって、本当の敵はエイリアンなどではなく、同じ人類だという結論をまざまざと見せられた。 その時、日本側の要人が立ち上がった。 姿は暗闇で見えないが、その男はロズウェル計画が最終段階に及んだことを告げた。 この計画が実現すれば、エイリアンの驚異はなくなる。 各国の反抗勢力さえ抑えることができれば世界的な平和が訪れる。 その後、ブラックマンタは破棄され、データも抹消される。 パイロットは抹殺され、ディーン機関は軍事利用はしない。 過去に発表されたロズウェル計画の概要を淡々と述べ、そしてその概要がまとめられた冊子を破り捨てた。 男は続けた。 この計画を一部変更したい。 各国がざわめく。 男はその様子を気にした素振りも見せない。 ブラックマンタがもし戦後無事だったなら、ブラックマンタは破棄する。 しかしパイロットは殺さない。 各国から罵倒が飛ぶ。 戦力をドブに捨てたくないだけだろう。 我々を襲うつもりか。 ここまできて計画の変更などありえない。 男は周囲が耳を押さえるほどの大声で各国を黙らせた。 男は静かになったのを確認すると話を再開した。 戦力の放棄は実行する。 だが、それはパイロットを殺すことではなく、一般人と同じにすること―つまり、パイロットを無力化するということだ。 メリットは、もし、今後ブラックマンタのような兵器が作り出された時にパイロットに対処できるということ。 無重力で動き回るブラックマンタを撃墜するよりもはるかに対処しやすいだろう。 だが、現状俺たちも無力化する方法を知っているわけじゃない。 各国の協力がいる。 こちらは戦力の放棄。あんたらはブラックマンタに対する切り札を得ることができる。 理解しろ。 それがベストだ。 動画が終了する。 キーワードを入力してください。 「ブラックマンタ」 ・ ・ 閲覧権限がございません。 別のキーワードを入力してください。 「伊里野加奈」 ・ ・ 閲覧権限がございません。 別のキーワー、 コンピュータが閉じられる。辺りが闇に閉ざされる。
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