家族
浅羽家の茶の間は異様な空気に包まれている。 振子時計が針の進む音だけを伝え、見上げると11時を少し過ぎていた。 家の前で名前を言い合うだけの自己紹介をし、茶の間に足を踏み入れたのがもう1時間も前のように感じるほど、時間の流れが遅く感じた。しかし、母がお茶を淹れに立ってからまだ2分と過ぎていない。 ただ、重苦しい沈黙だけが空間を埋め尽くしている。 カーテンは既に外されており、茶の間から見える庭と呼ぶには狭すぎる庭から照り返すような日光が入って少し眩しい。視線を右に向けると、伊里野は相変わらず緊張しているようだ。正座をしたまま顔を伏せ、両の手は腿の上で固く握り締められている。声をかけようかと思ったが、喉はからからに乾いており変な声が出そうだったのでやめた。 父は目を固く閉じ、腕を組んでどっかり座っている。 夕子は座布団の上で体操座りをしながら伊里野の方をチラチラ見ていた。 母だけはのんきに台所で食器が触れ合う音と共に鼻歌を歌っている。 家族の様子を観察しながら、浅羽は自分の掌が汗で塗れているのを感じた。 言葉が見つからない、とはこういうことを言うのかと浅羽は実感していた。伊里野を家に連れていくと決めた時点でこうなることは予測できていたのだが、それにしてもこの空気は重すぎる。まるでミランダ警告を言い渡された被疑者のような気分である。 「お待たせしました。はい麦茶」 母が伊里野、父、浅羽、夕子の順に麦茶の入ったグラスを置く。伊里野はグラスが食卓に置かれる音を聞いただけで体を震わせた。母は音もなく父の隣に座った。 さあ、どうするか。ちらりと伊里野を見ると、伊里野は不安そうな目で目の前のグラスを凝視していた。 「お茶だよ。喉渇いてるなら飲んだ方がいいよ」 なんとか声はかすれずに済んだが、自分の声の小ささに逆に驚いた。 伊里野はグラスと母と浅羽に視線を向け、固く握り締められた両手を広げてグラスに手を伸ばす。握り締めたグラスの中の麦茶としばし向かい合う。 毒でも入っているかのように慎重に口元に持っていき、匂いを嗅ぎ、本当に少しだけ口に含む。 茶の間の伊里野以外の全員が緊張のつばを飲み込んだ音を浅羽は聞いた。 伊里野はグラスを勢いよく傾け、そのまま全部飲み干した。 ひと呼吸置いてふうっと息を吐き、 「おいしい」 こつん。 伊里野の安堵はその場の空気を少しだけ軽くする。 「ごめんなさいね、おいしいお茶があればいいんだけど、全部引越先に送っちゃったのよ」 母はそう言いながらも伊里野の仄かに明るい表情を見て嬉しそうだった。 伊里野は自分がどんな表情をしていたか母の反応を見て気づき、顔を赤らめうつむきながら、 「だいじょうぶ……です。おいしかった……です」 浅羽は驚き伊里野に向き直る。 伊里野がたどたどしすぎて2度聞かなければ危うく聞き逃してしまう程ではあったが敬語を使った。今まで榎本だろうが椎名だろうが担任だろうがどんな相手に対しても伊里野が敬語を使っているのを見たことがなかったのだ。例外を挙げるとすれば、転校してすぐの挨拶で、 「おそわった。失礼のないようにって」 驚きが伊里野に伝わったのか伊里野は上目遣いで浅羽にだけ聞こえるような声で呟いた。 おそらくまた軍の誰かが気を効かせたのだろう。 「おい伊里野、そういやお前敬語とか使えんのか? 違う違う、軍で使ってるような感じじゃなくてだな、こう親しみを感じてもらいつつも礼儀を失わないようにだ…できない? 甘えたこと言うなよ」「こらー、加奈ちゃんは今までそんなの使ったことないんだから知らなくて当然なの。でも大事なことよ。加奈ちゃんも浅羽くんのご家族に対してはよく見られたいわよねー。まずはね、ですますから始めるの、それから尊敬語、丁寧語ときて、しまいには……なんだっけ?」「お前に足りないものだよ」 とかなんとか。 しかし、流れはどうあれ、これは大きな変化だと浅羽は思う。 日常というものから最もかけ離れた位置にいた伊里野は、少しずつかもしれないが、変わろうとしている。おそらく、今までの伊里野には礼儀など必要ではなかったはずだ。礼儀を守れば、命が助かるわけではない。親しくなった相手は次の日死ぬかもしれない。自分も、相手も、お互いの未来は存在しない可能性の方が高かったのだ。そんな生活を送っていた伊里野が、相手に失礼のないように。そう言った。それは自分の未来が相手の未来にもあると無意識にでも理解しているからこそ出る言葉だ。 今の伊里野の目の前には未来があるのだ。 伊里野と同じように麦茶を全部一気に飲み干す。 浅羽はいつもより少しだけ背を伸ばし、いつもより強い口調で言葉を発した。 「今日はお願いがあってきたんだ」 父と母と夕子が一斉に視線を浅羽に向ける。勢いはそこでなりを潜めて、 「伊里野は……伊里野とは同じ新聞部で……えっと、今はいろんな理由があって軍に所属してる」 言葉を曖昧にしてしまう。しかし、それだけでも少しは驚くかと思ったが、そう言った感情の機微を家族の表情に浅羽は見つけられなかった。 どう話せばいいか、正直浅羽には判断がつかない。 洗いざらいしゃべらないと、納得してもらえないような気もするし、だからといってブラックマンタやエイリアンの話をしても荒唐無稽すぎるような気もする。 「戦争が終わって、伊里野は園原中学に戻ることができるようになったんだ。でも、軍の撤退が始まって、伊里野は住む場所が基地の中にはなくなって。どこかで1人暮らしをすることになったんだけど、伊里野は軍での生活が長くて、普通の生活が送れるかわからない。だから……」 待て、と聞こえた気がした。 それは誰の声でもなく、自分の心の中の声だったことに気づく。 どこから話していいかわからず、そしてどう話せば家族は認めてもらえるか。そう考えていた。 当たり障りのないことを言って、それでも伊里野と一緒に暮らしたいと告げて、家族の了承をもらおうとする誘惑にかられたのだ。 浅羽は父を見た。 言葉の続きを待ちながら、父は全てを見透かしたような厳しい表情でこちらを見ていた。 当たり障りのない話で納得してもらう? そんな甘い考えはテルアビブの地雷地帯にでも投げ捨てろ。これは自分と伊里野にとって超えないといけない最初の壁なのだ。そのスタートからまず逃げ腰でどうする。どれだけ話を繕っても、自分の本心を伝えなければ傷つくのは伊里野だ。核心を秘匿しながら話せばそれは伊里野の今までを否定することに繋がる。 それだけはダメだ。 「伊里野は軍の秘密兵器のパイロットだった」 父の目が幾分険しくなる。母は口元の笑みを消した。夕子の反応は一番顕著で、体操座りのまま顔だけを伊里野と父と浅羽に何度も向け、 「パイロット? 秘密兵器、ってなに? だって歳だって」 「夕子」 父が少しだけ強い語調で制した。夕子は動揺に瞳を揺らしながら黙った。浅羽は続ける。 「最近パイロットになったとかじゃないんだ。もっと小さい時から伊里野はパイロットだった。1947年から続く戦争を終わらせるために、伊里野は戦い続けていたんだ。敵を……エイリアンを倒すために」 浅羽は時計の針が正午を指すまで話し続けた。 伊里野のこと。 軍のこと。 エイリアンのこと。 伊里野の仲間たちのこと。 そして、自分の弱さが招いた結果も。 嘘は一度も言わなかった。 ただ勢いのままに全てを話した。 榎本が以前そうしてくれたように。 おせわになるから、という伊里野の言葉を言葉通り受け取るのならば、同じ家に住むことを伊里野は望んでいる。それは浅羽にとってもこの上なく嬉しい申し出でもある。叶えたい。できることなら一緒に住みたい。それは思春期真っ盛りの男子が叶えたい妄想の中でも上位に食い込む願望だ。朝起きて学校に行くのも一緒。学校でも一緒。下校するのも一緒。たまには2人で寄り道をしたり、家に帰ればテレビを見たり、勉強をしたり、食事をしたり、おやすみと言い合って1日を終える。魅力的でないわけがない。その妄想を現実にするための努力であるという一面を否定はできない。 ただ。 ただ、それよりも心配なのは伊里野の身体のことだ。 伊里野は今後どんな生活を送れるかわからない。 検査を受けることは確定しているようだし、まだ軍属であることからある種の危険を孕んだままなのは変わりない。さっきの妄想がいくらか実現できたところで、それは伊里野が健康でなければ薄い氷の上を歩くような幸せだ。いつ割れるかわからない氷の上で自分だけが舞い上がっていてはだめなのだ。 伊里野が生きていること。 健康でいられること。それが幸せの条件だ。 そのためなら家族なんていくらでも説得してやる。 どれだけ文句を言われようと伊里野のそばで常に見守りたい。 もう、伊里野が学校に来るかどうかを心配しながら何もできないのは嫌なのだ。 「戦争は去年の10月まで続いてた。伊里野が戦争を終わらしたんだ」 伝わるはずだ。 「伊里野はずっと、ずっと戦ってた。生まれてからずっと。僕たちの知らないところで」 榎本が話してくれた真実を自分が信じたように。 「仲間もいたのに、いなくなっちゃっても、それでも、ずっと1人で」 胸にじわりと痛みが走る。 「学校に転校してきたのだって、作戦のためだ。ぼくはそこで伊里野と出会って」 体温が上がるのを感じる。 「伊里野を守りたいと思った。でも、ぼくは弱くて、クラスの中でさえ、伊里野を守れなかった」 伊里野の左手が浅羽のシャツの裾を掴み、弱々しく首を振る。 「結局伊里野を守れなくて、傷つけて、戦いに行くのを止められなかった」 胸にこみ上げてくるものを抑えることができない。 「伊里野を助けたかった。少しでも、一瞬でもいいから生きていてほしかった」 それでも絶対に泣かないと心に決めていた。もう弱さを見せていい立場ではないのだ。 「ぼくは、もう伊里野と離れたくない」 伊里野の指が強くシャツを掴む。 自然と、浅羽は頭をちゃぶ台にぶつかる程下げていた。 「お願いします! 伊里野を……伊里野と……」 感情の波が胸につかえて、最後まで言葉にできない。 長い間があった。茶の間にいくつかの鼻をすする音だけが響く。 顔をあげる。 夕子は体操座りをして顔を膝に押し付けていた。その肩が震えていた。 母は右手に握り締めたハンカチで目元に抑えたまま動かない。 父は腕を組んだままきつく浅羽をにらみ続けている。父が口を開いた。 「直之。最後まで言いなさい」 弾かれるように立ち上がり、痺れを通り越した足を叱咤しながら一歩下がり父に全身が見える位置に陣取る。改めて正座し畳に頭をこすりつけた。 逃げることはできず、絶対に投げ出してはならず、心の底から言葉を紡ぐ。 「伊里野と……家族になりたい! これからどんなことがあってももう離れたくない! 勝手なのはわかってる、勘当されても仕方ないと思う! それでも、お願いします!お願いします!!」 何度も何度も頭を畳にぶつける。口からは同じ言葉しか出てこない。泣いてはダメだ。ここで泣いて頼むのはダメなのだ。弱さを見せてはいけない。自分が伊里野を守る。支えなければならない。なによりも、強くなりたい。伊里野を今度こそ守りきれるほど強くなりたかった。どんな罵声を浴びても、拳が飛んできても、貫き通さなければならないのだ。 「っく」 伊里野の声を聞いた気がした。下げた頭の先から伊里野の気配がする。鼻を盛大にすする音。ごしごしと何度もなにかをこする音。足を引く音。浅羽の隣に気配が動く。ざすっという強く畳に何かがぶつかる音が聞こえた。目と畳の間にある隙間から視線だけを隣に向けると、伊里野が自分と全く同じ姿で隣にいるのが見えた。腹の底が熱い。 浅羽はもう一度、声を大にして先程から何度も口にしている言葉を発した。 グラスがちゃぶ台に置かれる音を聞いた。 「伊里野さんはどう思っているんだ?」 強い語調で父は伊里野に尋ねた。 伊里野は全身を強ばらせて、一瞬だけ顔を上げて、父と真正面から視線が合うとひとたまりもなく顔をうつむかせて、表情がどんどん歪んで、涙をあふれさせて、音のない口だけが何度も何度も動いて、とてつもない逡巡の果てに顔を上げて、 「あさ、浅羽とっ、いっしょ、これからは、ずっとっ! だから……」 ざすっ。 「おねがい、します!」 誓う。 これからどんな返事が返ってきても、伊里野の傍にいる。 2人でなら、どこへでも行けるのだ。 あの逃避行を、やり直そう。 あの日守れなかった伊里野を今度こそ守りぬこう。この命を、伊里野の人生のためだけに使おう。 もう、迷いはなかった。 父の気配が動いた。 ちゃぶ台をずらす音に続き、グラスの中の氷がぶつかる音が耳に届く。足音が浅羽との距離を一瞬で縮める。父の影が浅羽と伊里野を雲のように覆っていく。父の手の位置にある影が浅羽に伸びてきた。 殴られると思った。 「直之」 肩に手を置かれる。 決意の中に、一点の動揺が生じた。恐る恐る顔をあげる。父は片膝を畳につけて、伊里野の肩にも手を伸ばしていた。 「伊里野さん」 肩に触れられた伊里野がかわいそうなぐらい飛び上がる。浅羽と同様に顔をゆっくりと上げて、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔で父を見た。 父は深い瞳の色を穏やかな表情に載せて2人の顔を順番に見た。 「2人共、ありがとう」 言葉を発することもできない。父が礼の言葉をいう理由がわからない。伊里野もどうやら心境は同じようで、動揺が視線となって浅羽と交差する。 「それから、試すようなことをしてすまん。大事なことだから、言葉にして聞かないとわからないと思ったから、こんな形をとってしまった」 ひたすらに父の声は穏やかだった。 「実は、2人のことはもう知っていたんだ。去年の夏のことも、伊里野さんのことも。戦争のことも。直之が病院に入院した時だから、10月の終わりか。先坂という女性の自衛官がウチに来てな。全部教えてくれた」 先程までの全身を縛っていた緊張が湧き上がる疑問に変わる。 「知ってた!? それに先坂って、えと……確か」 浅羽の疑問を夕子が先取る。 「先坂ってあの高校生ぐらいにしか見えない人!? ホントにあの人自衛官だったの!?」 夕子の言葉で浅羽も思い出した。 タイコンデロガへの道を示してくれたWACだ。旭日祭で怪我をしたかと聞いてきた、あの人。高校生にしか見えなかったあの人が、うちに来ていた? 「直之にも、夕子にも話さないでほしいと口止めされてたんだ。今にして思えば、あの時点では伊里野さんがどうなるか、軍の方でも結論が出せていなかった状態だったんだろう」 「彼女が言ってたの」 母が父の隣に座り直しながら、 「浅羽くんを園原中学から連れ出したのは私です。浅羽くんが怪我をしたのは私のせいなんです、って」 少しだけあの日の先坂の言葉を思い出す。 謝罪の言葉もありません。空母に連れて行くっていうことが、浅羽くんの身に何かあるかもしれないという可能性を私は知っていました。それでも、私は浅羽くんを連れて行くことを選び、ブラックホークに載せました。その結果、浅羽くんは今、怪我をして入院してます。私が引き起こしたことです。だから、お二人からのどんな言葉も受け入れます。答えうる限りの質問に答えます。 「彼女は責任を感じてたのか、全部答えてくれたの。伊里野さんのことも、できる限りね」 加奈ちゃんが、伊里野加奈が選んだのは浅羽くんだったんです。浅羽くんも加奈ちゃんを気遣ってくれた。苑木沢で発見されるに至るまで、彼は一人で加奈ちゃんを守り通してくれました。彼女が今日まで生きてこられたのも全部浅羽くんのおかげです。浅羽くんがいたから、人類は今も存在しているんです。これからどうなるかは、加奈ちゃんと軍の作戦が成功するかどうかですが。 「母さんなんか怒り狂ってな。話を全部落ち着いて聞くのに朝までかかったんだ。それでも、先坂さんは真摯に話をしてくれた」 以上は自衛官としての報告です。これからどうなるかは正直なところわかりません。ですが、もし、もしもですが。2人が一緒にいたいと、傍にいたいと望んでいるのなら、 「伊里野さん、息子を選んでくれてありがとう。親として子どもの成長を人から聞かされるのは本当に嬉しいものでね。そういった意味も含めて、ありがとう。戦争を終わらしたなんて本当にすごいと思う。今日まで大変だったと思うけど、人類を救ってくれてありがとう。そしてなにより、うちの家族を守ってくれてありがとう。これからは……君もうちの家族のひとりだ」 本当に嬉しそうに父は言い、伊里野の頭を優しく撫でた。 「わ、わた……おれい、なん、て……」 伊里野の瞳が激しく揺れて、慌てて鼻を両手で覆うように包み込み、電流が走ったかのように短く何度も息を吸って、吸い込んだ空気の代わりに涙がボロボロとこぼれ落ちる。懸命に抑えようとしていた声は防波堤が決壊したかのように伊里野の喉から出た。 あー。 あー。 あー。 上を向かなければ浅羽も泣いてしまいそうだった。 天井の木目を必死に追うことで浮かんできそうだった涙を必死に押し戻す。 伊里野のことを認めてくれる人がいることが嬉しかった。軍の成果だけでなく、伊里野のことを知った上で伊里野が認められることが自分のことのように嬉しかった。 父は伊里野にうんうんと笑いながら言って、そしてこちらに向き直った。 「直之も、頑張ってたんだな。父さん全然気づかなくてごめんな。お前が苦しんでた時も全部知った後も何も聞けなくて。親として失格かもしれないが、それでも、直之が伊里野さんのために戦ってたなんて……。うん、まぁ、あれだ。えーと、なんていうんだ。その…誇らしいよ」 反則だと浅羽は思った。 どんな罵倒も、怒号も、鉄拳も怖くはなかった。屈したりなんてしないと心に誓っていた。強くなるために、泣かないと誓った。弱いところを見せないつもりだった。なのに。あの夏の自分を、最低の行為を行ってしまった自分を認めてくれるなんて、そんなの、 反則だ。 それから、茶の間は大変なことになった。 夕子と母が父に抱きついて、その衝撃で父が脇に寄せたちゃぶ台を蹴っ飛ばし、上に置いていたグラスが弾けとび、畳に複数の染みを作り、全員が慌てて立ち上がり、父が雑巾を探しに茶の間を飛び出そうとした時に柱の角に足の小指をぶつけて奇声をあげる。夕子はティッシュ、母は雑巾で畳を拭き、伊里野はおろおろと周囲を見回す。そんな伊里野を見て、家族の慌てようをみて、なにも役割を見つけられなかった浅羽は、声を出して笑った。転げまわるほど笑った。 笑いは伝染して夕子へ、母へ、父へ、そして伊里野に伝わっていく。 そして。 伊里野は家族になった。
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