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決意



「――さて、」
さて。
ひとりでやるなどと大見得を切ったが、なんだか心配になってきた。
ひと気のない公園から空を見上げ、気合を入れる。
これが最後だ。
終わる、のではだめなのだ。
終わらせるのだ。
この夏を終わらせよう。自分の手で幕を引こう。何日かけてもいいから、この空のどこからでも見えるようなでっかいミステリーサークルを作り上げて、それからこの山を降りよう。
図案はもう心に決めている。
園原基地の裏山に刻まれた、でっかいでっかい「よかったマーク」だ。

                    イリヤの空、UFOの夏 その4 エピローグより

部長もいない、晶穂もいない、そして道具すらない。
それでも、やらなければならない。
木陰の奥からセミの声が聞こえる。
ものすごく遠くでエンジン音がする。
振りかえると、そこにはなだらかな斜面に広がる広大なススキの群れがある。穏やかな南風に吹かれて踊っているように見えた。

ここには夏がある。
何者にも捕らわれることなく、悠然と広がる夏がここにある。
今まで生きてきた中で意識したことはなかったが、今ならはっきりとわかる。自分は夏が好きなのだ。
ただ。
去年の夏が忘れられない。
あの夏を過ぎ去ったものだとあきらめることはできなかった。
あきらめられなくて、追いかけて、でもずっと、ずっと不安だった。
忘れることは、できないと思う。
身体から力を抜き、空を見上げる。
だが、だからこそ。

終わらせるのだ。
過去に捕らわれて生きるということは、現実から目を逸らし、背を向け、逃げ出すことと同じだ。
伊里野の帰りを待つだけでは、伊里野との距離は変わらない。
過去を振りかえっている間にも、伊里野は歩き続けている。
この、深くて青い空を進み続けている。
過ぎ去った夏に、捕らわれていては駄目なのだ。進むべき道を、止まった時計を見つけ出して進まなければならない。
あの夏は…永遠に続くと思っていたあの夏は戻っては来ないのだと認めなければならない。
目を逸らしてはならず、背を向けてはならず、絶対に逃げ出してはならない。
この風も、この日差しも、この空も、全てが新しい夏のものだ。
変化を受け止めなければ、新しい夏は始まらない。
伊里野の目指す新しい夏には辿り付けない。
自分の手で幕を引くんだ。
どれだけの時間がかかろうと、この手でミステリーサークルを完成させて山を降りるんだ。そしてこの足で、

伊里野を探そう。

今もこの空の下で生きている伊里野加奈を。
迷子になってべそをかいているかもしれない。この暑さにやられて鼻血を吹き出しているかもしれない。それでも諦めないでその先にある夏を目指して歩いてる。そんな伊里野を見つけ出して、抱きしめて、永遠に離さない。
伊里野と手を繋いで、どこまでも歩き続けるんだ。

新しい、ぼく達の夏を。

背伸びをする、縮んでいた上腕二頭筋が悲鳴をあげる。
南風が浅羽の頬をくすぐりながら流れていく。
セミの声が聞こえる。
すぐそこで何台もの車のエンジンの音がした。
どこかで感じたような錯覚。あの夏に感じた感覚。
スポーツ公園に続いている車道を振りかえる。
浅羽の心の奥に一筋の氷が落ちていく。
時が、止まったかのように浅羽は動けない。浅羽の視界には、何台もの車だけがくっきりと浮かび、他のものはもやがかかったかのようにぼやけている。

白い、バンだった。
冬休みのあの日、確かに園原中学から出て行くのを目撃したのに、忽然と姿を消したあのバンだった。その内の一台が、浅羽のいる夏の木立にまで乗り上げてきた。
エンジンが止まる。
呼吸が止まる。
扉が開く。

中から出てきたのは、榎本だった。


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