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六番山、再び



浅羽は旧園原演習場の六番山へ向かった。

慣れない雪道を気の抜けるようなスーパーカブが駆け抜ける。
白いバンは今はもう見えない。轍の後だけが残ってはいるが、それが白いバンが残したものかどうかは判断ができない。
だが浅羽は確信していた。何かがあるのだ。あの写真に込められた意味はそれしか考えられなかった。
緩やかとはあまり言えない道路を走りながら、浅羽は白いバンを最後に見たときのことを思い出した。

それはあのタイコンデロガから帰還した数日後、浅羽が病室で目覚めたときのことだ。
目覚めたとき、家族はその場にはおらず、黒服が二人、浅羽のベッドの傍に佇んでいた。
浅羽に現状を説明しに来たのだと黒服の一人は言った。
ここは園原市の病院であること、戦争が本当に終わったこと、家族はさっき連絡したから間もなく来るだろうということ。
だが浅羽はそんなことはどうでもよかった。
伊里野はどこにいるのか。浅羽が求めている一番の答えを、 黒服は当然のように機密事項という答えしか返してくれなかった。
伊里野のことも、戦争のことも、榎本のことも、軍の秘密の部分については何も説明はなかった。
浅羽は心底腹が立ったが、黒服は一向に取り合わず、逆に浅羽にたずねた。
軍上層部から浅羽に報酬と代価が出た。この数ヶ月のことをなかったことにできるなら、軍がかなえられる願いならなんでも聞く。
記憶を消さないでいてやるから今までのことは黙っていろ、そうすれば報酬をやる。つまりはそういうことだ。
何か希望はあるか? 何もなければこれを受け取ってほしい。
黒服の一人が前に出て、アタッシュケースを前に出した。
漫画のワンシーンがそのまま抜け出したようだった。中身は十中八九自分が見たこともないような大金だろう。
浅羽はアタッシュケースを払い飛ばした。中からやはり束ねられた札束があふれ出る。
こんな金があるなら伊里野を救え、それができないなら伊里野みたいな戦争の被害者をもう出さないような努力をしろ。
浅羽は泣きながら訴えた。黒服は黙り、アタッシュケースを持って帰っていった。病院の窓から見える病院の入り口から 出て行く白いバンは、とても今までの不気味なものには見えなかった。

六番山への道のりをスーパーカブは走り続けるが、今なお白いバンは見えない。
それでも目的地は間違っていないはずだ。旭日祭の時に来たときには幾度も潜り抜けなくてはならなかったゲートは開いていた。
自分がここに来ることを受け入れているかのように。
頂上に着く。
今までの道は雪がすべてを覆っていたにも関わらず、頂上付近は全ての雪が吹き飛ばされたように地面が露呈していた。
その中心に、ぽつんと置かれているものがある。浅羽は以前、それを見たことがあった。
それは黒い箱だった。
園原中学のシェルターが壊される前日に見つけたものとまったく同じだった。
浅羽は心臓が高鳴るのを押さえ、その箱を開けた。
中にあったのは、一通の封筒だった。手紙が入っているようだが、それともうひとつ、なんだか安っぽい勲章のようなものが同封されていた。
手紙はこんな書き出しで始まっていた。

浅羽直之様
ずっと前に約束していたシルバースターを同封します。 
~~~~~~~~~~~~~~~
最後まで読んでくれてありがとう。 T.S.

それは椎名真由美からの手紙だった。最後に本当のイニシャルを書いてはいたが、その本名が何なのか。
それは浅羽にはわからなかった。
浅羽は手紙を何度も読み返し、椎名真由美が伝えたかったことを何度も反芻した。
だが、その度に伊里野は今どうしているのか。その疑問が爆発的な不安と共に押し寄せてきていた。
この手紙を文字通り解釈するなら、子犬作戦という作戦の意味を自分に伝え、自分は伊里野の大切なものになった。そして伊里野は戦いの最後の瞬間まで幸せだった。
そう言っているように取れるのだ。
浅羽は足元から崩れ落ちた。
「伊里野加奈が最後の最後に」その一言が全身の力を、気力を、心を奪っていく。
希望はもう、どこにもない。

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