カウンター

不満


水前寺と町田がネットで情報収集をしているのと同時刻。

園原基地の敷地内にある米軍第七物資保管所のコンテナに隠れるように2つの影があった。
1人は陸上自衛軍情報戦5課の中田陸士だ。任務時にはいつも着込むことを義務付けられている黒スーツをだらっと着て、ネクタイも締めるというよりも首にかけているという表現がふさわしい。同僚からはちゃらいだの、軽いだの言われているが、本人は一向に直そうとは思っていなかった。
しかし、いくら周囲からはいつもお気楽そうだと言われている彼でも、目の前の人物と相対する時だけは精神を研ぎ澄ませざるを得ない。しかも、数瞬前に言われた言葉が理解できず、中田は思わず聞きなおした。
「その話本当なんですか?」
全身をヴァ―サタイルフレーム――日米軍がとある人物の協力を経て完成させた現場に30しか導入されていない特務部隊専用着装兵器――を着込んだ人物に向かって尋ねた。
「ああ」
男は短くそう呟くが、フルフェイスのヘルメットを被っていることとサーボモーターとショックアブソーバーが連結内臓されているせいでどこかの宇宙戦争の敵が発しているような不気味な声が威圧感を放つ。
中田は腹の底から浮かんでくる暗い感情が表に出てきそうになるのを必死に押さえ込む。
「けど水前寺はたかが中学生ですよ? ただのガキに、」
「納得できんか」
「――。そういうわけではないですが……無茶苦茶ですよ」
「結果がすべてだ。前から候補には上がっていたが、タイコンデロガの帰港で事は決定した」
男はフレームの腕部に装着された硬化液晶パネルを操作する。
「もしかして例のパイロット、見つかったんですか?」
男の動きが一瞬止まったように見えた。だが感情の機微までは中田には判別できない。
「ああ」
「状態は?」
「お前が知るべきことではない」
今度はパネルを操作する手を一瞬も止めず切り捨てる男を見て、中田は思わず舌打ちが出そうになった。
「いい加減信用してくれませんか。計画に参加してからもう半年ですよ」
「まだ――半年だ。それにさっきも言っただろう」
「結果ですか」
「水前寺の監視はどうなってる」
「この間水前寺が近づいた件で子犬連中の警護と店とのローテがかなり細かくなってまして……。なかなか、」
スムーズに操作しているように見えたレアメタルでコーティングされた硬質な指がピタリと止まる。ヘルメットから漏れる呼吸音が妙な音を上げた。男の顔面を覆っていたフレームの一部が音を立てて可変し、1つの金色の光が中田を捉えた。
「なに?」
男が発した声はそれだけであったにも関わらず、放たれた不吉な威圧感に中田はびくっと一歩下がってしまう。
「まっ、待ってくださいよ。今夜からはちゃんと再開しますっ。だから……」
「町田の方はどうなっている。抑えておくように言ったはずだが」
「そ、それはちゃんと来る前にも確認してきました。ボロアパートの電気も点いてましたし」
「手ぬるいな。ミストを使ってからまだ時間が経っていない。水前寺のこともある。即再調査しろ」
「も、もちろんです……じゃ、俺は現場に戻りますね」
男の傍から逃げるように歩く。男の背中から響くパネルのタッチ音が、既に自分から関心は失せていることを感じさせ、それが中田の感情を逆なでする。

中田は保管所を僅かに照らす天井灯の灯りを頼りに、かなりの数のコンテナの横を通り抜けた。先程感じた威圧感は既に遠のき、脳を支配しているのは怒りと不満だけだった。
保管庫の扉を開けると吹き抜ける風が中田の全身を強く打ちつける。
風の抵抗を押しのけ、周囲の様子を一瞥して誰もいないことを確認する。
海軍沿岸基地の中でも海に面したこの場所では、敵の襲撃に備えうるための巨大砲台が10mと離れていない場所から一種のオブジェのように等間隔に並べられている。
そのうちの1つに中田は近づき、デュラスチール製の巨大砲台に靴底を何度もぶつける。
「水前寺、如きが、何だって、いうんだ! くそがっ、俺も、俺だって!」
砲台は何度踏みつけても多少汚れるだけで当然ながら1mmもへこまない。それがより一層中田の精神を害し、最後に一際力を込めて蹴りつけてから、中田は視界を海に巡らせた。
園原基地から見える夕日が、日米両軍が保有するいくつもの戦闘艦と太平洋を赤く染め上げていた。
美しいと感じたのはもう何年も前のことで、毎日のようにこの光景を見続けてきた中田にとって最早眼前の光景は当たり前すぎ、自分の立場が何も変わっていないことを無言で追求されているような気分になる。
半年前に持ちかけられたきな臭い計画に、中田が乗ったのはそんな現状を変えたかったからだ。
しかし状況はどうだ。
少しは変化したように思えるが、それでも結局下っ端だ。
二重スパイなどといういつどうなるかもわからない状態がいつまで続くのだろう。

中田はまた腹の底から湧き上がってくる不満や、一片の不安を込めて、海岸線に沈みゆく太陽に向けて唾を吐き捨てた。


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