背後
内部の状況を五感を使って確認するが、人の気配はない。 初めは何かのバリケードかと思った。 それほど十重二十重に並べられた机の上にコンピュータが所狭しと並べられている様相が放つ物々しさは尋常ではない。 しかし正面の壁には周囲の装置からモニターが投射されているようだが、そのどれもが真っ暗で何も映していない。 ――整備不良か? と思いつつ、水前寺は管制室にその身をもぐりこませた。 床をライトで照らすと、足跡は管制室の中を幾度も歩き回ったような軌跡を残し、最後には入り口の傍にある通路へと伸びていた。 すぐに後は追わず、まずは管制室の内部を探ることにした。 電源が入っているコンピュータは以外に少なく、4台は動作中だったがロックされていた。ハッキングの必要性を感じながら足を進めると、動作中だったと思われるコンピュータが管制室の一番奥に2台あった。 水前寺は背後を振り返る。 部屋の入り口は遠く、その右側にはまたどこかへ続く通路の扉が見えるが人の影は変わらずない。管制室全体を見渡すことができるとはいえ、死角が余りにも多すぎるため警戒が必要な場所だった。 ここまで追ってきていた男が、この管制室にいないことに一抹の不安がよぎる。 何か対策を取るべきかと思ったが、時間がない。 管制室を見つけた以上やるべきことはたった1つだけだ。 鞄から武器を取り出して懐にしまい、作業を開始することにした。 水前寺は倒れていた椅子を起こして起動しているコンピュータを操作する。使用者確認などのセキュリティが解除されていることに感謝を半分、きな臭さを半分感じながらも、ポケットに入れていたグレーカードを取り出す。次いでバッグの底部からカードケースを取り出して、以前グレーカードをコピーした方のデータカードも用意した。 目的のデータカードの挿入口を発見する。 水前寺はまずグレーのカードをその挿入口に差し込む。 カードの読み込みを指示し、すぐさまカードの読み込みが始まる。 モニターに英語を含むかなりの量の文字列が流れて、水前寺はそれを読む必要はないと知りつつ目で追う。 そして必要な処理を施し、今度はコピーカードの方を読み込み、同様の処理を施す。そして最後に。 『データ解析、完了。カード№12071136とカード№12071136【backup】の比較結果』 . . 『カード№12071136【backup】にのみ複数のアーカイブデータベースへのアクセス権を確認。アクセス可能対象はモニター№110878485から№110878493までの記録データ。アクセスを開始しますか? y/n』 迷うことなくy、イエスを選択する。 『アクセスを選択、カード所有者【Alice】権限によりアーカイブへの事前承認をすべてスキップします』 . . 『アーカイブ、起動』 端末が読み込みを終了し、結果が表示される。 どうやらこのカードはアーカイブという軍のデータベースにアクセスする機能を携えているらしい。恐らく、機密情報の保管庫であるそこは、水前寺にとってはまさに宝の山だ。だが、今は消されたデータが何かを知るのが最優先事項だ。 だが、それだけに妙だと水前寺は思う。 「――――」 ともかく中身の確認だ。 どうやら撮影データらしいのだが、該当するモニターの撮影は日付ごとにフォルダ分けされており、最初の記録はモニターによって様々だ。2年も前の撮影データもあれば2ヶ月前からの物もある。だが共通しているのはそのどれもが今日も撮影を継続しているらしいということだ。 悩みながらも1つのモニターデータの最新の映像にアクセスした。 「これは……」 どこかの家の中の様子のようだった。 薄暗い廊下のように見える。 人影もなく、何も動くものはないのだが、水前寺はなぜか妙な既視感を覚える。 撮影日時は今日の深夜0時ちょうど。およそ19時間前のものである。 違うモニターデータを選択する。 「――!?」 そこにはある居室が記録されていた。 さきほどの既視感が間違いでなかったことがわかった。 目の前のモニターでは浅羽直之が布団に包まって眠っている様子が撮影されている。 理解がまったく追いつかない。 軍の人間が浅羽家の監視をしていたのは知っていたが、ここまでするのか。 同時に酷く裏切られたような感情が流れ込んできた。 浅羽夫妻は監視の事実に気づいていた。本人たちにそのことを直接尋ねた時の反応を水前寺は面と向かって確認している。その時の反応は監視されているというよりもむしろ警護されている安心感から来る反応だった。 しかし、居室の中まで監視カメラを設置するというのは警護としては行き過ぎている。 恐らく、父と母は騙されているのだ。 浅羽直之の家出や軍に連行されるという件があり、夫妻は不安だったのだろう。どういう過程を経たのかは想像しかできないが、軍と和解した夫妻は警護をするという提案を受け入れた。 だがその実態は本人たちの了承を得た上での徹底監視だ。 研究材料を檻の中で観察している科学者となんら変わらない。 腹の底に激しい怒りがこみ上げてきた。 だが同時に湧き上がる疑問も並大抵のものではなかった。 なぜこの映像を連中はあれほど躍起になって隠そうとしたのか。 監視しているという事実は水前寺からすれば隠すほどの情報ではない。 ということは、水前寺はつい目の前にぶら下げられた知人という看板に目が逸らされただけで、実は他の映像に本当の隠したい情報があるということなのか。 ともかく見れるだけのデータを確認しなければ判断できない。 もっと以前の監視データの中身を確認しようとコンピュータに手を伸ばそうとした直後だった。 きん、という高音が耳をつんざき、次いで目の前のコンピュータが突然火を噴いた。 何が起きているのか分からず、腰掛けていた椅子を後方に倒しながら立ち上がった水前寺の背筋をぞくりと悪寒が襲った。 ――背中に、何かが当たっていた。 次いでガチャリ、という音。 「はい、そこまで」 これほど驚愕したのは町田のアパートであの声を聞いた時以来のことだった。 それほど近い距離から声が聞こえた。 「両手を挙げて姿勢を正してみようか。背中の物が何か……君ならわかるよね?」 状況を考えるに、背中に押し付けられたものが何かを問うまでもない。 映画や漫画で幾度も見た光景だ。 両手をじわりと持ち上げる。 「ダメだねー勝手にそんなもの見ちゃ」 恐らく男の声なのだが、どこかくぐもったように響くその声は酷く冷静に、淡々と言葉を紡いでいた。 「さて、いくつか質問に答えてもらおうかな……水前寺邦博君」 姿勢を正すふりをして僅かに腰を前方へ持っていき、顔を動かさずに腰につけた懐中電灯に視線を落とす。 懐中電灯の金属部に反射して見えたのは、自動拳銃を持った仏像の仮面男だった。
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