カウンター

撃鉄


「ちょうど君のことを聞こうと思ってたとこだ」

仮面をつけた男は左手に持った銃を懐に仕舞いこむと、右手の銃口を町田に向ける。
心臓が一際高く鳴動する。
男が右手の指を動かすだけであの武器は火を吹く。
中身がゴム弾だと言っていたのは既に仕舞い込まれた銃の方であり、顔に向けられた銃口から飛び出すのは自分の頭部をスイカのように破壊できる材質のものかもしれない。
そう考えると気が気でいられない。
「わかったからそれ、こっち向けないでくれ」
「なら早く従うことだ、さぁ――」
男は簡単に銃に屈した自分を嘲るような口調で態度に表している。
町田は両手を上げたまま入り口から歩を進めて、徐々に水前寺に近づいていく。
「ああ、水前寺君の傍には近づかないでくれるかな。君はこっちだ」
自身は傍にあった椅子に腰掛け、銃をちらつかせながら男は自分の正面を銃で指し示す。
水前寺の様子を確認しつつ、町田は今は男に従うしかないと判断して男の正面に立つ。
自分の心臓に向けられた銃に畏怖を感じるが、それでも町田は銃から目を逸らさなかった。仮面の男は先ほどの店員と同じ服を着ていて、胸元のネームプレートには「中田」と白地に趣味の悪い金色で名前が彫られている。
チラリと男は水前寺に視線を送ってから、町田に向き直る。
「君がここにいるってことは……、そうだな。高速の反対車線に車をもう一台用意しておいて追跡をかわしたってとこかな。店の複雑なルートを踏破できたのは今、物陰に隠した改造か何かした懐中電灯で水前寺君の足跡を追ってきた、だね?」
町田はぎくりと内心の高鳴りを感じながら僅かに顔をめぐらせ水前寺に視線を向ける。
苦しそうに眉を細めながら、水前寺は町田に向けてうなずく。
男は返事を促すように、今度は銃身を水前寺に向ける。
嘘は許さない。そう言っているようだった。
「――そうだ」

図星だった。
手のひらに8と書かれた子供――本人は「すいぜんじおにーちゃんのじょしゅ」と恐らく意味もわからず名乗っていた――が持ってきた計画書に指示された通りに、町田は午後5時に作戦を開始した。
計画書には『レンタルビデオ屋の館野に協力を仰げ。事情は説明してある』という一文に続き、いくつかの指示が記載されていた。
館野と合流後、町田は自身の名義でレンタカーを借りた。
館野は館野で自分の車を用意し、それぞれ別々の車で隣の市へ高速道路を使って向かう。
町田と館野が利用した高速道路は片側2車線のよくある高速道路であり、道を挟んで反対側には園原へ向かう高速道路が同様に2車線あって、それぞれをコンクリートとガードレールで構成される中央分離帯がある。
高速道路を走り抜ける途中、指示されてあった候補ポイントの周囲をうかがい、工事などが行われていないかを確認する。
隣の市についたら2台ともが即座にUターンし、今度は園原市へ向かう高速に乗る。
そして候補地点であるトンネルを抜けた路側帯に2台とも停車し、町田のレンタカーはハザードランプを点灯して放置。
館野の車に町田が乗り込み、館野と2人で園原へ戻ってくると、館野の出番はそこまで。協力者だとばれれば何をされるかわからないので以後はお役御免だ。
これで町田が行うべき準備はすべて整った。
その後町田は仏壇店前で水前寺と合流し、店内に侵入。
ポジショントレーサーの中身をぶちまける役目を終えてタクシーで逃走。
後は水前寺名義になっていたレンタカーに乗り換えて高速へ移動。
高速では出来うる限りのスピードを出して目標のトンネル前へ。到着すると同時に路側帯に車を止めて車中に積んであった水がたっぷり入ったポリタンクを山の斜面に2つ放り投げる。
こうすれば軍が自分達を追ってきても山の斜面を下ったように見せかけることができるし、目の前には通路付のトンネルがある。大人数であったとしてもそこに自分たちはいないのだから何も問題はない。
ただ、姿を見られてはまずいので迅速に処理を行い、自身は車を放置して道路を横断する。ここで無関係の車に轢かれては面目の次第もないので、最新の注意を払い中央分離帯を乗り越えて反対車線へ。
反対車線には町田が残してきたレンタカーがハザードをつけたまま停車しているのだ。
高速道路でハザードランプを点けて停車している車を一般人が見たとしても通報などほぼ間違いなくしない。なぜなら停車中なのは大体が故障車や、ガソリン切れで救援を待っているのであり、その場合既に救援は本人たちが通報している。もし協力が必要なら車から降りて安全な場所に立って助けを求めるであろうし、それがないのなら通報などする必要がないのだ。 町田が危惧していたのは高速のパトロール車が隣を偶然通りがからないかという一点だったが、水前寺はあらかじめ巡回時間を調べていて、その心配はないと後から聞いて知った。

水前寺の立案した作戦は予定通り進んだ。
軍の追跡を受けながらも、町田は反対車線に残したレンタカーに乗り込んで真逆の方向、つまり園原市へとんずら。
追跡する側の心理を突いた作戦だった。
追跡者は自分の視野を信頼している。
軍人のように訓練を受けているものなら尚更だ。プロである自分が見落としなどするはずがない。
そう思えば思うほど、中央分離帯を挟んですぐ隣の車線を通過する目標の存在に気づかない。
まんまと作戦は成功し、一路仏壇店へ。
そして爆弾とバーナーで水前寺が空けた穴から店内に侵入し、後は水前寺が残してくれた足跡を頼りにここまでたどり着いた。
管制室のような部屋だったそこには、だれかの気配があった。
中を覗き込むと、コンピュータに向かって作業しているの男の背中が見えた。
水前寺だった。
あのいい加減散髪したらどうだと言いたくなる様なぼさぼさの髪――それでもなぜかきめ細かいのが特徴だ――をしているのは彼に他ならなかった。
少しだけ安心し、作戦通り部屋には入らず、水前寺の周囲に異変がないか監視を開始する。内部で異常があった際には自分がここにいることを水前寺に知らせるためにポケベルを鳴らし、この入り口に接近する者がいれば水前寺と合流するだけの役目だった。
作戦は完璧だった。
――そう、ここまでは。
ひやりとすることは幾度かあったが、それでも素人の自分でさえ与えられた役目をなんとかこなすことができた。それはひとえに水前寺の綿密に積み重ねられた計画の周到性が大きい。結果、敵の中枢部に侵入するまでに至った。
それなのに。
「あんた、さっき何したんだ……。俺は水前寺の背中をずっと見てた。なのに気がつくとあんたが、」

質問を遮るように、男が撃鉄を上げた。


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