カウンター

容疑


光道レンタルのカウンターを越えた奥の部屋でマウスがクリックされる音とキーボードが操作される音が絶え間なく響く。
「では店長、こっちはどうだ? 見覚えはあるか?」
水前寺はパイプ椅子に預けた体をずらし、隣に座る館野に画面を見るように目で促す。
「……うーん。覚えてないね」
水前寺の隣で館野は画面を食い入るように見つめて答えた。
「ふむ。4人だな」
闇夜のように部屋は薄暗い。一歩部屋から出れば窓から差し込む光が寒くなりつつあるとはいえ陽気に溢れていることがわかるし、人通りもある。しかし水前寺たちがいる部屋にある僅かな光は操作するコンピュータの光と監視映像の一時停止状態を映し出しているテレビだけだ。既に監視映像の分析が始まって2時間余りが経過している。
残るは水前寺と館野による絞込み作業だけである。
不意に後方の壁をノックするような音が響く。館野と共に後方を振り返ると、壁にもたれて町田が手持ち無沙汰そうにこちらの様子を伺っている。
「なんかわかったか?」
「うむ。――データは揃った。今回の改竄行為だが、大方のことにこれで説明がつく」
水前寺は机上で開かれていた極太のファイルをぽんと叩く。
ファイルの表紙には使い古されすぎて天然の暗号のようになりつつも、
「光道レンタル会員リスト」
となんとか読むことができる。つまりは光道レンタルの会員情報が1まとめになった個人情報の塊である。 持ち出しと悪用厳禁の注意を受けた以外は自由に使っていいと店長からの鶴の一声があり、ありがたく水前寺と町田はファイルを閲覧していたのだが、会員数はすべて数えると1100人超。水前寺が見つけ出したい人物の特定は難航したが、ようやくその作業も終了した。
「ああ。俺もいい加減その推理って奴を聞きたかったんだ」
薄暗い部屋で3人の男が申し合わせたように頷きあった。

水前寺は何枚かの紙を用意し、情報を書きなぐった。
1. 監視映像は1~30までのラベルが書かれてある。
2. 基本的に1日1本のビデオテープで撮影される。
3. 光道レンタルの営業時間は昼12:00から夜の12:00まで。
4. 監視カメラには動体センサーがついていて、何か動くものがあれば撮影が開始される。
5. センサーで何も動くものが無くなってもその後10分間撮影は継続される。
6. 監視カメラは2台あり、入り口とレジ付近を監視している。
7. 館野は営業時間の間だけ監視カメラの電源を入れている。
8. ビデオの入れ替えは営業開始の直前。
9. 監視映像のビデオはすべてカウンター裏、客からは見えない場所に全部置かれている。
10.ビデオの山が置かれている場所はレジからは離れていて、監視範囲には含まれていない。
11.町田と軍の男が現れたのは10月12日。ビデオラベルは4。
12.改竄されたのはラベル4のビデオPM11:32から電源が切られるまで。
13.その他のビデオには改竄の跡がないことを全員で確認した。
14.ビデオを改竄した犯人は2人組み。
15.犯人は翌日に監視映像を改竄した。

「とりあえずこんなものか」
と述べてマジックのキャップを閉める水前寺に町田と館野の強い視線が向けられる。
「えーと……疑問がいくつも浮かんでんだけど、とりあえず水前寺さんよ。まだ俺が見てないビデオがあったりした?」
「何を言っとるんだ町田。3人で確認した以外にビデオなんてないぞ」
どうして町田からそんな質問が来るのかわからない。
「いやいや、じゃあなんで犯人が2人組みとか翌日に改竄したなんて結論が出てるんだよ。なんか証拠があったのか?」
「――。あー。どこから説明すればいいんだ? ちょっと待ってくれ。これだけの情報があれば大丈夫だと思ったんだが……」
大凡理解は同程度だと思っていたが、どうやらそれは間違いだったらしい。水前寺は資料に目を通しながらかいつまんで事情を説明しだす。
――まず。事の発端からだが、監視映像を改竄する必要が連中に生じた。それは館野が町田にお勧めのアダルトビデオを紹介するぐらい親しかったことが起因する。顔を見られるぐらいなら問題はないが、それが1日何十人と来店する客の1人ではなく、常連の町田が連れてきた男であると認識されたからだ。ここで奴らは思っただろう。記憶を改竄するか、監視映像を改竄するか。そこにどんな流れがあったかは断定できないが、ともかく連中は監視映像の改竄を選んだ。
――ここまではいいな?
そして改竄の方法だが、連中は閉店後に潜入してビデオを改竄することもできただろうがそれを選ばなかった。これは万が一侵入の痕跡に気づかれたときには警察が出てくるからだ。連中なら警察などどうにでもできるだろうが、もっと安全に改竄する方法があるのだからそちらを選ばない手はない。
店長がさっき言っていただろう? 町田と来た男と世間話をしたと。想像はつくが一応尋ねる。どんな内容だった?
――やはりそうか。つまりその男は町田がアダルトビデオを選んでいる間に店内への侵入ルートを考えていたのさ。店長はビデオの確認のために部屋に引きこもってレジに客が立たない限り部屋から出ない。個人営業のレンタル屋が昼間何をしているかなんてどこも同じだと連中は知っていた。バイトを雇っていないのは店長に口頭で確認済みであるし、奴らは侵入するなら昼間だと決定した。実際おれと町田は既に体験しているな。レジのブザーを鳴らすまで店長は部屋から出てこなかった。
――ん? 確かに今日がそうだったとはいえそれが改竄を行った日、つまり10月13日にも店長の行動が同じとは限らん。だがそんなものは連中には関係ない。なぜなら連中は店に入った瞬間はただの客として振舞っているからだ。連中が本性を出すのは監視映像のビデオテープを抜き取る瞬間だけ。それ以外はあくまで普通の客と同じように店内を歩き回るだけだから気づかれない。
――ビデオが置かれている場所か? それは店長の目が答えたんだろう。店長に警備会社の人間だと名乗った男は店長に監視映像の補完場所とかしっかり考えてますかと尋ねた。場所こそ店長は答えなかったが、一瞬目でその場所を見てしまったんじゃないか。
実際どうだったかはわからんがもしそうだとしたら人間の心理誘導をうまく使った方法だな。ともかく、町田と来た男は表向きは普通の客として動き、つぶさに店内を確認した。そして後から侵入する人間に情報を伝えた。侵入した人間は要所を抑えてうまいことビデオを奪取した。後は待機させていた車か何かの中で改竄作業を実行し、別の人間が店内に再度侵入してビデオを戻す。簡単だろう?
――ビデオを破棄しなかった理由? それはさっきも言ったが監視映像がなくなっていればこちらも警察が動いてしまう。完全な盗難だからな。ああ、そういうこと。そしてここからが本題。犯人の特定だが。犯人が2人組みである理由は明白だな。1人でビデオを奪って戻したりなんてすれば時間を空けてビデオを借りないのに2度現れたことになり、こうやって調査された時に不審者リストに一発で載ってしまう。
――そう。奴らの目論見どおり、犯行人数を分けることで残念だが特定まではできなかった。さらに言えば犯行時刻が翌日なのは連中の都合だろう。10月12日のデータを改竄するなら翌日でないと不都合が生まれる。時間をあければ空けるほどどのビデオが使われたかわからなくなるからだ。しかし翌日なら今録画中のビデオの1つ前。つまりラベル4のビデオに前日のデータが残っていることになるからだ。もちろん、店長がまったく適当な人間であったらラベル通りに撮影などしなかっただろうが、それでは何か事件が起こってビデオを証拠映像として提出する際に保険会社から被害総額補填の認可が下りないからな。

「はぁ~、なるほどね」
町田は水前寺の長々とした解説に感心のため息をつくが、内心で水前寺は町田と知り合ってからこんな間の抜けた顔をされるのは一体何度目だろうと悲しくなる。自分は別に町田専用の解説装置ではないのだが。
「いいかい?」
隣で水前寺の解説を黙して聞いていた館野は冷静な声で水前寺に発言の許可を取る。
「もちろん、何か異論でもあったか店長?」
「いいや、異論はないよ。それで、結局容疑者はさっきの4人なのかい?」
館野は水前寺が机の上で開いたままになっている会員リストをぽんぽんと叩きながら呟いた。
「うむ。連中ならここの会員になっている人間を侵入させたりはしないだろう。10月13日の昼から夕方にかけて、店内に入ってきた人間は12人。うち会員でない人間は5人だが、1人は業者だったな。なら、初めて店に入ったが見たいビデオがなかったため帰った客が4人もいたということになる。全員がシロにしては多すぎる。場合によっては店内の様子の下見として1人侵入し、後から2人が侵入したという可能性もありうるから、この容疑者4人は全員調べる必要がある」
「で? あんたは誰が怪しいと思ってるんだ?」
「ん……恐らく」
水前寺はデッキにラベル5のビデオを入れ、1人の男が現れた映像で停止させる。
男は傍から見て1目でわかる程の巨漢だった。身長もさることながらその双眸は細く、どこか野生動物のような鋭さを感じる。だがその素行自体は目立ったものもなく、店内に顔を出した瞬間から特に妙な行動をとることも辺りを気にする様子もない。
「このゴリ夫がなんで怪しいんだ?」
「まずそのゴリ夫ってなんだ。見た目か」
「見た目だ」
「……そうか。ほら、ここだ。入店した直後に一瞬ではあるが監視カメラに視線を送っている。初めての場所に訪れる場所でならおれもよくやるからわかるんだが」
「え……よくやるのかそれ?」
しないのか? と逆に質問するが、町田は肩をすくめるだけだった。
「ともかく、あらかじめカメラの位置を聞いていたのでもない限り即座にカメラのある方向に視線を向ける確率は低い。だが、偶然ということもある。だから有力候補ぐらいでしかない」
「あとは?」
「他の3人に対して確証めいたものは感じられなかった。1人はただの主婦に見えるし、1人は昼休憩中の作業員。そして1人はサボリ中の営業マンにしか見えない。もし最初のゴツイ男が軍の人間だとしたら、後から入店しているこいつらは監視カメラの位置を確認したりする必要もないから映像からでは判断できないだろう。そこで町田と店長、誰が怪しいと思う?」
水前寺は他の3人が映った瞬間をそれぞれ一時停止しながら2人に見せる。
全員分の再生が終了したが、館野は首を横に振った。
「ぜんぜんわからないよ」
「そうか、町田は……町田?」
「ちょっと黙っててくれ」
町田は珍しく真剣な目で映像を巻き戻し、
「こいつ」
と作業着を着込んだ若い男を指差した。
「根拠は?」
「なにも。ただ……」

町田は柄にもなく厳しい声音でむかつくから、と答えた。

作業着の男は店内に入るとしきりに周囲を見渡している。初めてレンタルビデオ屋に入ったように落ち着きがないが、それは不安からくるような落ち着きのなさではなく、この男の性格らしい。監視映像に映っている時間はおよそ20秒程度だが、終始男は口元にどこかいやらしい笑顔を浮かべていた。へらへらしてるとか、ちゃらちゃらしていると表現できるかもしれない。だからといってこの男が異質であるとか、そういった側面を垣間見るには及ばない。視線も監視カメラに向かってはおらず、表情を除けば動向は自然そのものだ。しかし、それでも町田はこの男を見て腹立たしいと表現した。そこに到る理由は水前寺にはわからないが、否定するには値しなかった。
「とりあえず断定できるものは何もないんだな」
「そうだな。けどこれからどうする? 顔しかわかってない人間なんて、どうやって調べりゃいいんだ?」
両手を後頭部で組みながら、町田はくそーと言い出しそうな顔で椅子に深く座りなおす。
監視映像に残っていた男ではないが、水前寺の口元にも笑顔が浮かぶ。それは傍から見たら、邪悪にしか見えない表情だった。

「浅羽理容店に行く」


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