カウンター

交差点



水前寺が学校を休むようになって一週間がたつ。

学校に入った家族からの連絡は今後の進路に関わることで休むというものだった。
その情報を島村清美から聞いた須藤晶穂はそんなに驚きはしなかった。
浅羽にも伝えたが、なにやってるんだろうね。の一言で終わった。
軍から解放された時に比べれば少し、浅羽は回復したように思う。
身近にいる友人達でも、浅羽の変化は誰も気づいてはいないだろう。

浅羽は伊里野に振られた。

そう友人達は思っている。
伊里野が戦争の関係で市外か、県外か、国外かはわからないが出て行くことになって、それが起因して振られたのではないか。
浅羽の前では伊里野の名前を出さないようにしよう。
晶穂はまるで納得はしていなかったが、友人達に合わせることにした。

クラスのみんなとボーリングに行くこともあればカラオケに行くことも一度だけあった。
しかし晶穂は浅羽が心から楽しんでいないことに気づくのだ。
部室にも用事がなければ来ず、学校が終わればどこかに一人で消えていった。
晶穂は伊里野のことを未だに聞くことができなかった。
浅羽が知っているはずのことを聞くのが怖かったのだ。
部室に今日も誰もこないとわかって、晶穂も帰路についた。
バス停の前に立ったとき、晶穂は伊里野のことを 思い出し、気づけば伊里野と行ったケーキ屋、ストロベリー・フィールズの ボックス席でオレンジペコといちごパフェを注文していた。
晶穂は唐突に泣き出しそうになった。注文をするとき、心のどこかで「晶穂とおなじのっ」という言葉が聞こえることを願っていた自分に気づく。
そして、あの日は二度と帰ってこないのではないかと思う。
伊里野が転校し、どこに行ったかもわからず、誰も何があったかを知らない。そして何かを知っている浅羽は、伊里野の名前が出ただけであんなにも悲しそうな顔をする。そして自分は伊里野が大変だったのに、戦争から逃げ出したのだ。
晶穂は残ったいちごパフェを後悔や涙と一緒に流し込んだ。
晶穂の足は自然と「鉄人屋」へと向かい、扉に手をかけ、入ることができなかった。
中の従業員達は自分の姿を見れば声をかけてくれるかもしれない。
店長の如月十郎はあんな性格だから律儀に聞いてくるかもしれない。
髪の長い嬢ちゃんはどうした。と。
晶穂はその言葉にうまく答えることができそうになかった。
帰ろう。
鉄人屋を離れ、もう日の沈んだ商店街の入り口を抜けたとき、浅羽が寒そうにマフラーに顔をうずめながら何にも考えていませんという顔で道路を横断していた。
晶穂の存在には気づいてはいない。晶穂は声をかけることができないまま、なんとなく浅羽をゆっくりと追いかけた。
浅羽はひどくのんびりとした足取りで田舎道を歩いていた。
晶穂はその背中を見ながら今日一日自分の心に浮かび続けていた疑問を 投げかけた。
伊里野はなんで転校したの。 どこに行ったの。
どうすれば会えるの。
もう、会えないの?
そして絶対に聞けないことを強く思った。

伊里野がいないと……さびしい?
激しいエンジン音が近づいていた。
晶穂は通りをものすごい勢いで 走るバイクに目をむけ、トボトボと歩く浅羽を交互に見た。
晶穂は気がつけば走り出していた。
交差点、エンジン音、顔を上げた浅羽。
晶穂は悲鳴に近い声で浅羽の名前を呼んでその背中に手を伸ばした。

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