カウンター

出動


「なんて容量だ」

2階建ての築何年になるかもわからない古ぼけた納屋の奥底に存在する自室で、水前寺邦博はコンピュータの前に座して頭を抱えていた。
「想像通りこのカードはとんでもない代物だな」
コンピュータにコネクトしたカードリーダーに差し込まれたグレーのカードをちらりと見て、水前寺は舌打ちする。しかしその口元には不快さと同時に邪悪な笑みが浮かんでいた。
通常こういったデータカードに収められている情報などたかが知れている。2桁に迫るギガバイト数もあればその性能たるや十分である。しかし長い読み込み時間を終えてサイズ表示されたものを見ればテラバイトの容量を誇る化物カードだった。
「うむ」
思い返せば軍事シェルターを一発でロック解除するような代物だ。このカードにはロック解除の他にも様々な機能が搭載されている。そのすべてを解析するような時間は今の水前寺にはないし、機器も恐らく足りない。
今できることはこのカードデータを複製することだけだ。
カードリーダーに差し込まれているのはグレーのカードだけでなく、もう一枚白色で彩色された無地のカードが差し込まれている。以前、天じいから預かったまま数ギガの容量分しか使うことのなかったデータカードだった。これにデータを複製する。
これは最悪自室に軍が踏み込んでも対処しやすいようにする処置だった。
「…………」
複製が始まっている以上、後は待つしかできない。水前寺はただ待ち惚けることなく、別の作業に取り掛かる。しかしその内心、水前寺は焦っていた。
このカードが手元にあるということは、爆弾をその身に抱えこんでいることと同義だ。このカードは本来ならば浅羽の手元にあるべきものであり、それが夕子の手から自分に渡ったということを夕子を監視している連中に見られたかもしれない。
雨の中でこちらから監視者を捕捉することはできなかったが、なにしろ軍が相手だ。
雨ごときではごまかすことは不可能だろう。
さらに、夕子からこのカードを預かってから今の間になんの妨害も受けてはいない。そのことがさらに水前寺を焦らせた。このカードに対して対処をしなくても、このカードを使用することができる場所に対処を施すことはできる。 目下、水前寺がこのカードが使用できると思っている場所は2つしかない。
1つは園原中学校のシェルター。
そしてもう1つは「目」の情報と、2種類の地図から割り出した場所。「市川大門駅の女子トイレ」だ。
正直、園原中学校のシェルターは恐らく無理だろう。
浅羽があそこに行ったことをやつらは絶対に把握している。
美影の発令所にあそこのシェルターロックの解除は必ず伝わるからだ。ロックの解除が把握できるのならば、浅羽の用事が済み、再びロック状態に戻ったときも把握できるに違いない。用事が済んでしまえば、いつでも浅羽がロックを解除できるように放置しておくことはないだろう。コードを変更し、もう浅羽は2度と開けられないように対策するのが自然だ。それに、万が一このカードで再び解除ができるとしても、シェルターの中では得るものは恐らくない。浅羽と共に既に潜入して、中身も見てきたのだ。やつらが見られてはまずいものを放置して浅羽を招き入れるはずがない。
現に、「解体」と銘打って軍の連中があのシェルターの中身を根こそぎ片付けたのが証拠となる。
あそこに再び潜入することは、グレーのカードを使って浅羽か誰かが、またシェルターに入り込んだことを発令所に知らせるだけになることが容易に想像できる。それでは得るものが何もない。
だから、市川大門駅なのだ。
水前寺は「目」の情報から得られたここに、絶対に何かがあるとは考えていない。
やつらは「目」の情報を編集して浅羽に見せていた。
いや、恐らくあれは浅羽に向けての編集ではない。
第三者、そこに自分という存在が含まれているかはわからないが、ともかく浅羽以外の人物に見られてもいいように編集していた。
その証拠はもちろんセミの存在だ。
注意深く見ていれば、セミの存在が途中から掻き消えていたことに誰でも気づくだろう。
ということは、あのセミが消える直前の椎名真由美の「お待たせ。指令なんだって?」という言葉から、伊里野の「4次が発令されたから授業が終わり次第レールガンを使えって」という発言の間が消されたことを指している。 ほぼ間違いなく、伊里野の発言は他にもあったのだ。それがなんなのかまでは水前寺にはわからないが、絶対に知られてはいけないことを隠匿したのだ。
水前寺の絶望感はそれだけに留まらなかった。
やつらが「編集」を行ったということは「絶対に知られてはいけない情報」以外は残していることになる。
つまり、これから向かおうとしている市川大門駅のことは、「知られてもいい情報」に含まれているということになる。それは市川大門駅の特定自体がやつらの掌の上だということになる。
それゆえの絶望だった。
だが、今はその絶望こそすがるべき希望だった。
やつらは市川大門駅に対して必ず対策をしている。
そこにのこのこと現れる自分に対して罠を張ったのかもしれない。もしくは人員を配置して現れると同時にまた拉致され記憶を消されるかもしれない。さらには夕子が危惧したように闇に葬られる可能性すらある。
だが、人間の心理として対策を練れば練るほど、盲点を増やしていることになるのだ。
その盲点を突く毒針こそこのグレーのカードだった。
やつらは市川大門駅を訪れる侵入者が現れることまでは対策している。しかし、その侵入者が「グレーのカードを持った侵入者」であることまでは想定していないはずだ。
だが、この水前寺の考えでもまだ甘い部分がある。
グレーのカードが夕子の手から水前寺の手に渡ったことを知られているかもしれないからだ。
ここに水前寺が焦っている最大の理由がある。
グレーのカードを持った侵入者の秘匿性が崩壊すれば、後は市川大門駅に向かってグレーのカードが使用できないように対策してしまえばいい。
これを行われる前に、水前寺はなんとしても市川大門駅に到達しなければならなかった。
だが、その前に。
このカードの複製だけはなんとしても実行しなければならない。さっき自力で何とか解析しただけでも3つの作戦が浮かび上がった。今すぐに実行できるような代物でも、その必要性もない作戦であったが、駒は多くあったほうがいい。どちらにせよ、水前寺は急がなければならなかった。

7台の高性能CPUをもってしても、作業を終了する頃には時刻は11時40分を回っていた。
水前寺はカードリーダーから2枚のカードを抜き取った。
両の掌にはグレーと、ホワイトのカードがそれぞれある。そしてその両方を見比べ、悩んだ末に片方のカードをデニムのポケットにしまいこんだ。
時計を確認し、待機中に用意したバッグを背負い、腕時計と電波時計との時刻を合わせる。
そして深夜の自室で誰も聞いていないはずの部屋で高らかに宣言した。

「水前寺邦博、ただいまより出動する!!!!!!!!!」


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