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木村



木村って奴が軍に入ったのは何もお国のためにってわけじゃない。
単純にそこで働くのが一番配当が大きかったからだ。
木村には12離れた妹がいて、昔から妹は病弱だった。
それだけ聞いてもわかるだろ。
軍の統制が厳しくなってきてる時代でもあったし、一般病棟にも薬の配給が滞っていて入院患者の増加は死活問題だった。
そんな中で定期的な薬物投与が必要な患者の費用くんだりはとんでもない金額だった。何しろ地元の国立だったら大学に行かせてやるって言ってた両親がぶっ倒れるまで働いてもどうにもならない費用だ。木村が大学の何年だったかな。ヤバイ橋を渡らないといけないぐらい金に困ったってのも聞いたな。なんせ父親はそん時亡くなって母親の入院費用と妹の手術代を賄わないといけないんだ。とんでもなく金はかかる。なんとか父親の保険金とやばいバイトのおかげで卒業までの学費と母親の医療費はなんとかなったが妹の手術代がどうあぐねいても足りない。
新入社員でもらえる給料なんて医療費に比べたらすずめの涙だし、だからと言って他にあてもなかった。 そんで就職活動をどうしたもんかと悩んでるとこに知り合いから聞いたのが軍のいっちばん難しいテストに合格して特別枠をもらえれば家族の扶養やらなんやら便宜を図ってくれるって情報だった。
木村はそれに飛びついた。
なんせ卒業までの単位なんてのんべんたらりとやってたら確実に取れる自信があったし、何より時間が有り余っていた。木村は実にギリギリな単位数で大学を卒業して、余裕で自衛軍の試験にも一発合格した。家族を養うのにも問題はなくなった。エリートコースに進んで役職も所持した頃だったらしいんだが、アメリカに渡って妹の手術も母親の入院も解決。問題はすべて解決したように思えた矢先さ。小競り合いを続けていた北の砲撃だった。木村はたった一瞬で守るものを人間に奪われたんだ。
その後は復讐するしかなかったんだろうな。戦場にも出たし、スパイ活動も行った。着々と敵を倒していくうちにある一つのプロジェクトに誘われることになったらしい。

それがロズウェル計画さ。
木村はその時初めて人間以外に敵を見つけた。復讐の目途が立ったのさ。「北の連中を抹殺」なんて言ったら人類の4分の1以上の人間を殺さなくちゃならなかったし、誰が家族を殺したかなんてわかりゃしない。目的はあったが目標がなかった。そんなちゅうぶらりんのギリギリの精神状態で参加したロズウェル計画はそりゃ酷いもんだった。
人権なんて真っ青だ。
敵はエイリアンなのだから人類は多少の犠牲を出しながらでも勝たなければならない。そこに感情など不要。必要なのは断固たる決意と犠牲心だけである。なんて、上から言われてたらしい。おい、これ笑うとこだぞ。まぁいい。

とにかく木村は世界の現状をその時知った。
戦争は1947年から始まっていて、敵はエイリアン。たったの9体の敵を倒すために人類はもう何十年も戦争してる。その中でも人類が滅びかけたことも幾度かあった。それを救ってきたのがディーン機関さ。ディーン機関を搭載した兵器と、それを操るパイロットの育成が目下の作戦内容だったが木村はそんなことどうでもよかったらしい。少人数の作戦チームの中では下っ端だからこそ戦地にも赴いたし敵も倒せた。まぁエイリアンじゃなくて人間だけどな。とにかく木村はその時敵をいかに効率よく倒せるかしか考えていなくて、無理な作戦を幾度も独自判断、決行しては独房に入れられるような生活を送っていた。ある日ロズウェル計画自体が北に知られてな。作戦の内容や人数なんかわかっちゃいなかったんだろうが基地が襲撃された。木村は地下の独房に入れられてたから難を逃れたらしいが、北の連中を何とか撃退したときにはもう残された士官クラスは木村以下の連中ばかりだった。いきなりの大躍進さ。階級も一気に上げられて、指揮をとる立場になって、様々な情報にアクセスできるようになって知ったらしい。その襲撃は内部の人間が北にリークして起こったんだってな。
そのリークした人間は木村の1つ年下の研究員で、何度も飲みに行ったことがある女の部下だったらしい。多分、人権もくそもないこの作戦に疑問をもっちまったんだろうって言ってたな。その子ならやっても不思議はないってな。でもそれからしばらくしてまた情報が耳に入った。部下に作戦を推奨したのは軍の上層だったってことを。内通者を根本から消すための計画だったらしい。そこからだ。
人類は滅びたほうがいいと思うようになったらしい。世界を守る必要なんかないってのは当時の木村の口癖だった。
それから何年か経って、パイロットが実戦レベルにまで育ったから現場に預けられるってことになった。
パイロット達の出自は一切不明だったが、後ろめたい情報だらけの作戦だったからあまり気にしなかった。
初めて会った印象は最悪だったらしいぞ。ガキだったってのも大きかったとは思うけどな。
何しろディーン機関を一端とはいえ埋め込まれた人間だ。周囲の人間はパイロットに怯えるしパイロットの連中は周囲の大人を敵としか見ていなかったしで人間関係なんて目も当てられなかった。
木村は嫌われてはいたがパイロット達を嫌ってはいなかった。なんせそいつら自分達だけでいるときゃ穏やかな空気出してたし、何よりその木村は周りがドン引きするぐらいガキっぽかったから気持ちがわかる部分があったんだろうな。何とか仲良くなりたかったらしい。さらに木村には秘密兵器があった。パイロットの連中は知らなかったみたいだが、手首についてる金属球はある機械につなげると一定の記憶を読み取ることができる。木村はそれをうまいこと利用しながらパイロットと仲良くなろうとしていた。なんとか負担を減らしてやろうって思ってたんじゃねぇかな。そうしてるうちに、木村は生きるのもそう悪くないと思うようになったんだと思う。大人から見てもありえない毎日の中で笑って話してるパイロット達を見てるとそういう気持ちになったんじゃないかと思う。
時間が経つうちに男連中とは下ネタまで話せるようになったが、女連中とは最後まで下ネタは話せなかったって言ってたな。
最後って言ったのは言葉通りの意味でな。

みんな死んだ。一人を残して。
そこからはお前も知ってるな。子犬作戦なんて名前でごまかした最低の作戦が開始されて、それも終わった。
木村は作戦を続けている間も、絶対に子犬作戦を中止することは考えなかった。
中止が決定した瞬間に、血も涙もない上官たちが計画の存在を消すためにパイロットを抹消することは明白だったからだ。軍って所はそういうもんだと理解するには十分すぎるほど木村は血を流してきてたからな。
計画を遂行して、目的も達した。戦争は終わった。
汚い作戦を遂行した代償を払い損ねた木村は、その時初めてどうしても放っておけない問題が残っていることに気づいた。

残された子犬のことだ。
主人を失った子犬は下手したら死んじまうかもしれない。
そう思いつつも木村は戦後処理で動けなかった。
何度も何度も子犬に謝ろうと思ったが、それ自体が間違ってることに気づいて、どうすればいいのかわからなかった。
ダメもとで金を渡してみたがそれもやっぱり拒否された。
どうすればいいか本気で悩んでた。
だがいい歳した大人がグダグダ悩んでるうちに子犬は自分で動き出してた。
環境を変えて、行動を変えて、周囲が賞賛の声を上げるほどに子犬は変わった。
何がそうさせたのか、予想はできても確信は持てなかった。


「昔話はこれでおしまい」
深いため息が榎本の口から出る。
子犬が、浅羽がどこかに旅立とうとしていることはわかっている。パスポートが既に浅羽の自宅に届いているのも知っている。だが浅羽がどこに行くのか。それは情報ソースもわかっていないらしい。それどころか、恐らく浅羽は家族の誰にも目的地がどこか告げていない可能性がある。浅羽はどこに行くのか。そして行き着いたその場所で浅羽はどうするつもりなのか。
死ぬつもりなのかもしれない。
榎本はその可能性を捨てきれずにいる。
それとも。もう、過去は切り捨てたということなのだろうか。伊里野のことなど、もう眼中にはないのではないだろうか。
こうしてミステリーサークルを作るのは、過去との決別のつもりなのではないか。
自分が今ここにいるのも、ただの足枷に過ぎないのではないのか。
聞くことができるのは今しかない。
「なぁ。浅羽――お前、これからどうするんだ?」
浅羽が不意に立ち上がる。肩をまわし、背伸びをし、ミステリーサークルに向かって弾丸のように走り出す。
「お、おい」
浅羽は数メートル走ってから振り返る。
「木村さんに伝えといて。ミステリーサークルが完成したら教えるって」
取り残された榎本が上げかけた中途半端な腕を下ろす。
首に貼り付けたガーゼが風になびく。ライトに照らされながら浅羽が作業を再開する。その姿がとても輝いて見えて、暗がりにいる自分が酷く、酷く、
「情けないよなぁ。おれ」

そうつぶやくしかなかった。



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