カウンター

追従


「詳細を話そう。ついてくるんだ」

仮面の男は水前寺と町田を交互に見、くるりと体を反転させて振り返ることなく管制室の入り口を出た。
残された町田は水前寺に駆け寄り、手を貸そうと腕を伸ばす。
だが水前寺は町田を手のひらを掲げて制止し、ゆっくりではあるが自分で立ち上がった。
「大丈夫か?」
「ああ、多少痛むが歩けない程じゃない。それよりも」
水前寺は決して早くはない足取りで管制室を歩き、さきほど男が投げ捨てた銃を拾い上げた。
「なぁ、それって」
町田の疑問に水前寺は銃を投げながら答えた。
「本物だ。弾も装填済み」
受け取ると同時にその重みに一瞬眉をひそめる。
本物の銃など無論町田は触ったことはない。
その洗練されたフォルムはそこらのモデルガンでも再現できるのだろうが、その金属的な重みまでは無論再現されない。この手の中に納まってしまうほど小さなものが、簡単に人の命を奪うことができる。それは平和な日本に生きる自分にとってまったく現実味のない重みだった。だが、その平和は無論町田が感じてきたというだけの平和だ。日本は幾度も戦火を乗り越え、1945年に第二次統合戦争において原子爆弾の強奪という苦境を乗り越え、アメリカと引き分けたことで成し得た。しかしそれは決して歴史的背景を全て含めての平和などでなかったのだろう。戦争というわかりやすい看板を外しただけで、表には出ない多くの出来事が裏では今日も続いているのだ。それは水前寺と過ごすこの短い期間の間に幾度も経験した出来事からも簡単にわかる。そしてその一端をあの仮面の男は自分の前に持ってきた、ただそれだけのことなのだろう。
「あいつ、どういうつもりだ? 本物の銃を回収もしないで」
がさごそと水前寺は床に散乱してしまった機材を回収しながら返事をする。
「こんな銃ぐらい奴にとって意に介する必要もないんだろう。よし、――ともかく行くぞ。奴の言う北のスパイという情報が本当なら放置しておくのは危険すぎる」
「待てよ」
当然のように付いていこうとする水前寺を町田は思わず引き止める。
水前寺は無言で振り返り、町田の意図を探るように視線を向ける。
「この先どうするつもりだよ。作戦は失敗だろ? 軍を引っ掻き回せるようなデータとやらは見つからなかったわけだし」
「…………まぁ、な」
「ならどうするんだよ。このままあいつに付いていったってなんかヤバイことになるだけだろ。なら今からでも、」
「そうだな。確かにこれ以上は危険だ。恐らく今までの比じゃないだろう」
水前寺の淡々とした口調に焦りはない。だがそれが逆に町田を不安にさせる。
「わかってるなら早く逃げよう。今ならどうにでもなるって」
無理だ。と水前寺が小声で呟く。
「おれはやる。あの男の作戦がどうであれ、あいつの作戦の先には伊里野特派員がいるんだ。ならやるしかない」
「さっきあいつも言ってたけど伊里野ってあの伊里野か? 新聞部の」
昔の会話に一度だけ出てきた名前だったが、町田はその変わった苗字のことを覚えていた。水前寺の頷きがそれを肯定してくれる。
「その中学生が秘密兵器のパイロット? いや、いくらなんでもそれは――、」
話が飛びすぎだろう、と口にする前に町田はいくつもの可能性がそこかしこにあったことに気づく。
なぜただの中学生でしかない浅羽の家に監視がつくのか。浅羽家の長男は確かその伊里野と同じ新聞部員ではなかったか。さらになぜその監視に近所のアパートの一室を占拠するという犯罪行為の必要があったのか。記憶を何ヶ月も消さなければならなかったのか。なぜ北の工作員が怪しげな作戦に従事しなければならなかったのか。北との戦争。その後の急速な和平。秘密兵器のパイロット。
それは余りにも断片的な情報だったが、目の前の男はそれが正解だと肯定するような視線を向けてきている。
それぐらいには町田はこれらの情報をつなぎ合わせる能力があった。
「その伊里野加奈って中学生が、戦争を左右するだけの存在ってことか?」
「おれもそこまでしかわからない。恐らくそれだけじゃない真実がまだあるはずだが」
「いや、だけど、それでもだ。アンタがそれに関わる必要はないだろ? 自分の身を危険に晒すほどの価値は」
だが町田の言葉を待たず、水前寺はある、と答えた。

「誰になんと言われようとおれはやる。何を差し置いてもだ。それに、なんだ。約束もしたしな」

そう言って水前寺は仮面の男の背中を追いかけて行ってしまった。
約束。それが水前寺をそこまで突き動かす理由なのだろうか。わからないままに、町田は自問自答する。
自分はどうする。自分にはそれだけの熱情も、理由も、約束もない。ならどうすればいい。このまま逃げ帰るか。
町田は自らの手のひらを見つめた。
そしていくつもの思考が巡り、町田は1つの結論を出した。時間にすればおよそ数秒だろう。だが、それでも町田は答えを出した。顔をあげ、足を踏みだし水前寺を追いかけた。映画でよくある光景のように、デニムに銃を押し込みながら。

「なんだ、結局ついてくるのか」
狭い通路を駆け、前を進む水前寺に追いついた町田に対してにやりと微笑みながら水前寺はのたまう。
「アンタが1人じゃ心配なだけだ」
「言ったな。ならこれから打ち合いになったとしても手伝ってもらうぞ」
水前寺から見れば自分などただの足手まといでしかないだろう。それだけのスペックを目の前の男は持っている。その精神からもそれが伺えるから同じ男として半ば嫌になる。だが、不思議とそれを負担には思わない。むしろ目標に近いものを感じている自分がいる。
この男の傍にいれば、今まで何の可能性も感じられなかった自分にも、できることがあるのではないかと思うことができる。ただの思い過ごしかもしれないが、それでもいいと町田は思う。
自分にだって矜持はあるのだ。
「へいへい」
言葉は軽かったが、町田の中で1つの決意を強固にする。
それは、

「町田」
不意に投げかけられた言葉に意識が向く。
「念のために確認しておく。後悔することになってもいいんだな?」
「今更だっての。もう後悔なんてどれだけしたかわからないって」
「なら、」
「しつこいぞ。俺は自分の意思でここにいるんだ」
そうか――ならいい。
水前寺の返答も短かったが、町田にはその返答に言葉以上の何かを感じた。
それだけで今日まで行動してきた価値はあったのだと町田は思う。
仮面の男の背中はまだ見えない。しかし、男の立てる足音は徐々に近づいてきていた。そこで町田は1つ伝えておかなければならないことがあったのを思い出した。
「水前寺、さっきあの部屋であいつが現れたときのことだけど」
「ああ、――さっきあの男に言いかけてた言葉はなんだったんだ?」
「……信じられないかもだけどさ。機械をいじってるあんたの後ろに突然現れたんだ。まばたきもしてなかったはずなのに、ほんと、突然」
そう、あれは完全に虚を突かれたとかそういう次元の話ではない。SFの科学技術やファンタジーの魔法を使ったかのような出現だった。
その言葉を聞いて水前寺は今何を思っているのだろう? その背中からはなんの感情も読み取ることは出来ない。
「町田、体調に異変はないか?」
「体調? いや、特には。あ、なんか頭が重い気はするけどそれぐらい」
「――おれもだ」
どういうことだ? そう尋ねようとした時、曲がった角の先で男が1つの扉の前で何かを操作しているのが見えた。 水前寺が歩きながらこちらを見た。
「いいか、あいつは何か妙だ。反撃の機会があればおれが動くから町田はサポートしてくれ。場合によっては……」
「遅いよ、2人とも。さぁ、この部屋に入るんだ」
水前寺の言葉は男の遠くから投げ掛けられる文句にかき消され、最後まで聞くことはできなかった。
その先の言葉を聞きたいような聞きたくないような。自分の感覚が何を察知したのかを町田は気づきながらも意識を向けようとはしなかった。



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