カウンター

尋問


奴の銃が自動拳銃なら、まだ反撃の手段はある。

水前寺は額から一筋の汗が流れるのを感じながらそう考えていた。
「そうだな。じゃあまずは何を見たか、教えてくれるかな」
背中に向けられている銃で威圧しながら質問が投げかけられる。
「さて、なんのことだか。情報を見ようとしたらコンピュータを破壊されたんでな。おれは、」
「ああーっと、言い忘れたことが1つ。君が嘘をついていると思ったらこっちで勝手にカウントするからね。カウントが1つ増える度に君の親しい誰かが死ぬことになる。君の場合は……そうだな。家族よりも新聞部の仲間の方がいいかな」
「!? 貴様っ!!」
「あ、ごめんごめん、今のなし。やっぱり一番効果的な方法にするよ。殺すのは新聞部の仲間の家族からだね。家族を1人1人殺す現場を見せて、だれのせいか最後に教えてあげよう。その時の君の仲間がどんな顔をするか、見てみたいなぁ。――と、言うわけで特別にカウントは今からの嘘に限定してあげるよ。さっきのはここまでたどり着けた君へのご褒美、ってことでさ」
ダメだ。
この男の言葉から感じる威圧感は今まで感じてきたどんな人間のものよりも暗く、そして重い。軽い口調とは裏腹に、ひしひしと伝わってくる悪意が、水前寺のプライドを包囲していく。
「浅羽特派員の家の監視映像を確認した」
「それだけ?」
「それだけだ」
「じゃあカウントは1だね」
心臓が脈打つ。
「やめろっ、本当だ! それだけしかおれは見ていない!!」
「ふーん、そっかそっか。でもそれを証明する手段なんてないよね。こっちが嘘をついたと思ったらカウントする約束だしさ」
自分のかみ締めた歯がみしりと音を立てる。
「――他にどうしろと言うんだ」
「んー、そうだな。ま、さっきみたいに質問にちゃあんと答えていってよ。そうすればさっきのカウントは帳消しにしてあげる。――あ、そうだ。これは質問じゃなくて賞賛だけどさ、その2枚のカードの件はうまくやったねぇ。まさかコピーがあるのにマスターカードを返してくるなんてさ」
男は軽い口調で水前寺を褒め称える。
「もちろんこっちも疑ったんだよ? 君が会ったばかりの人間に大事なカードを預けるのかなってさ。でもまだまだこっちも甘いよねぇ、君の年とか考えちゃうと気が緩んでさ。まだまだだな、とか恥ずかしいこと思っちゃってこの様だ。ホント恥ずかしいよ。そう思わせるためにマスターカードの方を町田君に預けたんだろ?」
「そうだ」
「追跡も逃れられるとわかってたんだよね」
「ああ」
「いやー、やっぱりすごい、すごいよ! でも――賞賛はここまで。質問を続けようか。あのカードはご存知の通り軍のデータリンク済みの端末でないと解析すらできない。解析しようとした途端にコンピュータ側を破壊するようなウイルスを仕込んでる。てことは君がカードの中身を確認できたのはさっきが初めてだ。なのに、君はアーカイブアクセス権のデータをコピーカードから探り当てたよね。あれだけ膨大なデータの中からあれを見つけ出せたのはなぜだい?」
嘘をつくわけにはいかなかった。
「事は慎重に行ったさ。コピーができても、中身を知ることができなければ意味はない。考えたのはコピーカードも今日のようにスリットを通せば軍の設備に侵入できないのではないかと思ったが、」
「できないね。それをやった直後に端末からデータが送られてコピーカードの存在をこっちが把握していた」
「やはりな。その危険性を考慮してコピーカードは今日まで一切コンピュータには触れさせなかった。おかげであんたたちはコピーの可能性を考えながらも、手元に戻ったマスターカードの存在に油断して、アーカイブへのアクセス権を削除した。そうすれば見られたくないデータは軍の外部の人間には絶対に見られない。だがおれはコピーカードを今日まで隠していた。マスターカードから消えたデータと、データが全て残っているコピーカードの2つがあれば比較は簡単だ」
簡単と言いつつも、天じいの協力がなければ、そのどれもが失敗に終わっていたとは思うが。
「――次の質問に移ろうか」
感情を感じさせない言葉と共に、男が背中に再度銃口を当てた時だった。
尻のポケットに仕込んでいたポケベルが反応する。
水前寺のそれは改造済みのもので、音の変わりに電極から微弱な電流が流れる仕組みだ。以前使用した音の鳴る代わりに電流が流れるめざまし時計の改良版なのだが、電流をもっと抑えた方がよかったように思う。尻に電流はちょっとばかし痛い。
水前寺は肺の奥まで空気を満たし、
「こっちからも質問いいか?」
「ん? ――いいけど、状況わかってる?」
「無論だっ!!」
言葉と同時に水前寺は背中にわざと銃口を押し込むように一歩下がった。背中に確かに硬質な銃の感触を感じると同時に右手を後方へ回し、銃身を掴んでさらに背中に押し込むように固定する。
「近づきすぎたのが運の尽きだっ」
さっき確認した銃の形から、男が持っているのはブローバックのセミオートタイプだ。ということは銃口を今のように押さえつけてしまえばディスコネクターが働いて撃鉄は落ちない。撃鉄が落ちなければ弾丸も発射されることはないのだ。
乾坤一擲、水前寺は気合の声と共に右手を銃から離さないまま左手を固く握り締め、後方にいる男の側頭部を狙って体を捻りつつ裏拳を放つ。
だが。
ドンっ、という乗用車が事故を起こしたような音が響き、次いで背中側の左わき腹辺りに衝撃が走り、たまらず水前寺の体は先ほどとは逆方向に回転しながら倒れこむ。
倒れた衝撃で机の上に置いていたバッグや機材をなぎ倒してしまい、それが水前寺の体に降りかかるが、背中から走る激しい痛みで水前寺はそれどころではなかった。
「ぐ……ぁ」
言葉を発することもままならないが、水前寺は傷む背中を抑えながら何が起きたのかを知った。
「まだまだだなぁ、水前寺君。その方法は敵の銃が一丁しかない時しか使えないよ」
男の持っていた銃口から煙が上がっている。しかし、それは今まで水前寺の背中に当てられていた銃のものではなく、左手に持った銃から発したものだ。
「お、の……れ」
「しばらく喋らないほうがいいよ? ゴム弾とはいえ至近距離で撃たれたらかなりの衝撃だからね。あと、腰につけた懐中電灯でこっちを確認するのはいいけどそっちから見えるものはこっちからも見えるからね。こういう反撃にくることは初めから想定してたよ。と、いうよりも反撃ができると期待してたからある意味君は要望に答えてくれたことになるね」
はは、と目の前の男は声を出すが、仮面に隠された表情が本当に笑っているのか水前寺には察することができない。
「じゃあ、そこで隠れてる町田君も早く出ておいでよ。じゃないと流石に目に撃たれたら水前寺君もどうにかなっちゃうからさ」
男は振り向き様に入り口に向かって発砲する。
銃弾は入り口付近に置かれた観葉植物の鉢を砕き、激しい音が鳴り響く。
そして、口を固く結んだ町田が悔しさを隠そうともしない表情で入り口の影から姿を現した。

痛みにどうにか堪えながら水前寺は思う。
万策尽きた。

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