カウンター

約束の時間



数々のテストを乗り越え、園原中学は冬休みに入った。
終業式をサボり、冬休みを迎えた浅羽は新聞部の部室にいた。
特に何かをするわけでなく、引っ張り出してきたこたつにもぐりこみ、ふりしきる雪をただ眺めていた。
終業式が終わって2時間は経った。もう学生は校舎に残ってはいないと思う。
晶穂は今日は部室には来ていないし、水前寺はめずらしく顔をだしただけですぐ帰った。
ゆえに、少なくとも今日は誰も部室を訪れるものはいないはずだった。
不意にノックの音が響いた。
体中に電気が走るという表現はなまじでたらめではないと浅羽は体感して思った。
たっぷり10秒、浅羽は動くことができなかった。
ノックをした人物は誰か。頭の中で様々な人間をちぎっては投げ、可能性を絞っていった。
しかし、その誰もがゲリラ部である新聞部に律儀にノックをするような人間ではなかった。
ただ一人を除いて。
浅羽はそれまでの動きとは文字通り打って変わって弾丸のような 勢いで扉を開けた。

誰もいなかった。

心の底から落胆した。
まただ。自分はこうやって一生見えない影を追いかけて 生きていくのだろうか。
そう思いながら部室に戻ろうとした。
だが浅羽は踏みとどまった。聞き間違いではない。たしかに新聞部のドアはノックされた。
誰かが間違えてノックして、それに気づいて消えるだけの時間は確かにあった。
しかし、しかしだ。万が一。その人物は新聞部に、強いて言うなら自分に用があったとしたら。
ノックをされ、扉を開けたら誰もいない。こういったことを起こすとしたら。

新聞部のドアを再び押し開け、雪の降り積もる園原中学を見回した。
エンジンが遠ざかる音が聞こえた。
学校の敷地内。それもすぐ近くからだ。
もう立ち止まらなかった。エンジンの音は部室棟を離れ、校門に向かっていく。
金網を乗り越え、体育館の裏手を突き抜ける。最後のブロック塀によじ登り、浅羽は見た。
バンだ。白いバン。それが何を示しているか。浅羽は瞬時に理解した。
バンは雪道をものともせず、どんどん走り去っていく。浅羽がブロック塀を飛び降り、再び走り出した。
部室裏に隠してある、水前寺の対雪仕様を施したスーパーカブのキーを取りに部室に戻った。

もう追いつけないかもしれない。
そう思いながらも浅羽は部室のぐちゃぐちゃになった机の中からスーパーカブの キーを取り出した。
しばらく前に水前寺が不意に置いていったものだ。
ついこの間見たときには アダムスキー型UFOのキーホルダーがついていたが今はついていなかった。
代わりに紙が一枚ついていた。
よくよく見ると、それは3センチ四方に縮小コピーされた写真だった。
浅羽は驚愕した。
それは自分が愛用していた時計の写真だった。
止まってしまい、伊里野にあげた時計の写真。
時計は最後に見たときと同じ時刻を指したままだった。
浅羽はこの写真が示す意味を、「十八時四十七分三十二秒」が指す意味を考えて、部室を飛び出した。

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