せみ
ラジオは6月24日は夏の到来を示すかのような晴天です。と誰が聴いているかもわからないのにただ延々と天気予報を流していた。 田舎暮らしが長い人間は、暑い日にはアスファルトの道路を避けて歩く。 田舎のアスファルト舗装なんて車が2台交錯するだけの幅があればいいと市のお偉いがたが考えているのは見え見えで、アスファルトと田んぼや畑との間には必ずと言っていいほど砂や石が露呈した部分がある。そこを通るだけで上昇してくる熱をいくらか回避することができるし、何より田舎道の方が足を痛めない。 故に、アスファルトの白線の上を律儀に歩き続ける少女は田舎道に慣れていないことは明白だった。 周辺をひたすらきょろきょろ見渡しながら歩き、バスでしか通ったことのない道を物珍しそうに見つめている。 見慣れたバス停で少し休憩をし、電話をする。 小銭を使っての初めての電話だった。 なぜか小銭が何度も返ってきて、どうしたらいいのかわからない。 何度か入れ直し、それに免じて公衆電話も小銭を受け取る。 無事に電話も終わった。 少女が顔を上げる。 目指すべき場所はまだ遠い。 到達地点の座標は聞いてはいるが、チャートもないので本当にたどり着けるか不安になる。 ――ひたすら大通りを歩いていれば、道端には必ずチェックポイントがあるから。それに、到達地点を目視できるぐらいになったらわかると思うよ。 そう言われたものの大丈夫かどうかの不安は消えない。 道路は長く、長く一直線に伸びていて、交差点すらもまだ見えない。 今の今まで誰とも会わなかったし、車も通らなかった。 だがセミの声だけは絶えず聞こえ続けていた。 夏の証だった。 少女はふと足元に視線を下ろし、落ちていたものをかがんで拾い上げた。 幾ばくかの時間が経って、帽子を手で押さえながら少女は立ち上がる。 進路を確認する。 目の前に広がる道をよくは知らない。 不安もある。 それでも行きたかった。 どうしても自分の足で歩きたかった。 新しい夏の道を。 少女の足元で、一声だけ猫が泣き声を上げる。 西之土居停留所の影に隠れて「せみ」と書かれた板切れが夏の大地に埋まっていた。
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