カウンター

侵入


敵の邪魔が何もないことに違和感を覚えながら、水前寺は清水仏壇店に空けた穴から侵入する。

店内の様子は先ほど一騒動起こしたときと大きく変わってはいなかった。
自分が今爆破させた小規模の火薬の硝煙の香りや、巻き上げた噴煙が辺りを包んでいる他に変化はない。水前寺は背中に背負ったままだった重さ10kgはある酸素ガスボンベやアセチレンバーナーを床に下ろし、装備を整える。
ここまでの侵入は計画通りだったが、後は下調べができなかった箇所への潜入だ。慎重にことを運ぶ必要がある。
目的の場所は恐らく店の最深部だ。
そこへ到達することができれば敵の弁慶の泣き所を的確に攻撃できる手段となり得る情報が手に入る。

水前寺は店内の様子をつぶさに確認する。
仏壇店の正面入り口が右手に見え、左手には先ほど仏像仮面をつけた軍の人間と一戦交えたカウンターがある。水前寺は迷うことなく入り口へ足を進めた。
水前寺は腰にぶら下げた懐中電灯のスイッチを入れた。するとさっきまでただの床にしか見えなかった部分が、ペンキをぶちまけたような緑色に変貌する。さらに周囲にライトを向けると、そこから緑色の靴の足跡がライトを向けた時だけ出現する。
これは水前寺が先ほど正面入り口から堂々と入った後、店員が来るまでの間にぶち撒けた特殊塗料だ。
もちろん傍目には自動ドアをくぐった水前寺が靴紐を結び直しているような所作にしか見えないように動いたが、実際は床に投げたポジショントレーサーを靴底でぐりぐりと潰して中身を溢れさせるための動作である。
液体は薄く塗ったワックスのように靴底に付着し、水前寺が歩いた場所を的確にマーキングしてくれる。
足跡は当然店の奥、破壊された仏壇近くのカウンターへと伸びている。
自分の足跡を辿って床を照らすと、特殊塗料の水溜りがもう1つある。
敵が本性を現して町田に襲いかかったとき、町田は転びながらも手に握りこんでいた塗料入りのトレーサーを素早く床に落とし、尻でやったのか手でやったのかはわからないが潰して中身を出させた。
おかげで敵の靴底にも特殊塗料が付着し、足跡を正確に床に刻み込んでくれている。
その足跡を観察すると、合計4人分の靴の跡が残っていることが判明した。
自分の靴跡とは違うものが3つ。町田が履いていた靴の足跡を思い出し、他の2人分の足跡に注目する。
1人のものは自分たちとそう大きく違わない足跡だったが、もう1人の分はかなりでかい。
これだけ明確に足跡が違うのならこちらも大助かりである。
でかい方の足跡はかなり広い間隔で正面入り口に続いていて、そこから自動ドアをくぐって外に出たようだ。そしてまた店内に戻ってきて、店の奥に続いている。
小さい方は店の奥に続いているのは同じだが、もう片方に比べて歩幅が小さい。
走って店内を駆けたのではなく、歩いて進んだのだろう。
手に持っていた懐中電灯を、進行方向の床を照らす角度でロープを使って腰に固定し、店の奥の扉にゆっくりと近づく。
扉に背を預けて、中から妙な音がしないことを確認してから扉をくぐった。
ここからは敵の本拠地である。
全身完全武装の兵士が飛び出してくるかもしれない。感知機能付きの自動迎撃装置が10mm弾をぶっぱなしてくるかもしれない。
それでも進まなければならなかった。
町田が高速道路で仕掛けたトラップに敵が食いついてくれたとしても、稼げる時間は限られているし、何より店舗の中に残っているだろう敵の排除は自分がやらなければならない。
連中を出し抜く方法は既に尽きていることもあって、後は実力で撃破していくしかない。
心臓の鼓動が高まるが、水前寺は深い息を1つ吐いてから扉をくぐった。

一面を白く塗られた壁と床で包まれた病院のような通路が目の前にはあった。
水前寺は迷うことなく進むが、早速十字路に遭遇する。
2種類の足跡がそれぞれ左右に向かっていて、正面の通路には足跡はない。
迷った挙句、水前寺は右に進んだ大きな足跡を辿ることにした。
足跡はかなり広い間隔で水前寺の追跡を待っていてくれたが、突然その足跡が消失した。
足跡の手前にはT字路があって、水前寺は当然右か左に足跡が続いているものと思っていた。
しかし、T字路の中心で右を見ても左を見ても足跡は続いていない。
というよりも、足跡は明らかに壁に激突するかのような勢いで残っており、到底曲がりきれるような場所ではない所に最後の一歩があった。
天井や床に不審な点や排気口などがないことを確認しつつ、しばし眉を潜めるが、水前寺は30秒の逡巡の果てにようやく答えにいきつく。
目の前にある壁は、侵入者を拒むために後からせりあがってきたのではないか。
「なら……」
ここから先へは進めない。
水前寺は来た道を逆戻りし、さっきの十字路にまで戻ってきた。
自分のものと同じ程度の大きさの足跡を見据えながら水前寺は狭い通路を辿った。
角を2つ曲がり、T字路を右に曲がった直後、また足跡が消えた。
「くそっ。――ん?」
だが、よく足跡を確認すると、先ほどとは違っていることに気づく。
通路は水前寺の正面に一直線に続いているが、足跡はそちらへは行かず、壁に向かっている。
つまり、この足跡の主はまだ先がある一直線の通路で立ち止まって右を向き、突如消えたということになる。
普通に考えればまたさっきと同じように隔壁が上がってきたのだろうと思うが、足跡の形が妙だ。
足跡は隔壁に向かって両足分が残っている。
状況をイメージすると、妙な違和感が水前寺の脳裏を走った。
両足分の足跡があるということは、この足跡の持ち主Xは一度立ち止まったということに他ならない。
だが、隔壁で通路を封鎖する前ならXの前に隔壁はなかったはずである。
にも関わらず、Xは何もない通路の途中で突如足を止めた。
おかしい。普通はこういうことをしない。そういうことは気に入らない。
水前寺は違和感の正体を探るために手探りで目の前の壁――Xが立ち止まった位置でなんなく触れる範囲――を徹底的に探る。
そのとき、指先に触れた壁の感触が異なった部分があることに気づいた。
多少の緊張と共に指を押し込む。
かちっと音がして、押し込んだ直下からコンソールが壁から出現した。
「よしっ」
思わず声を上げてしまう。
コンソールは市川大門駅で発見したのとは異なっている。
こちらはカードを通すスリットはあっても入力キーはいらないらしい。
「甘いな」
水前寺はバッグの底部からカードケースを取り出し、グレーのカードを用意してスリットに通した。
電子音が響き、『認証』の文字がコンソールの液晶パネルに表示される。
今まで壁にしか見えなかった部分に亀裂が走り、音もなく扉が開かれる。
予測どおり、足跡は先へ続いていた。

その後もいくつかの角を曲がりながら同様に隠し扉を突破するが、途中のT字路で足跡が増えていた。
右にも左にも行って帰ったような足跡があるのだ。
ただ、その足跡は先ほどまで追跡していた男のものである。
よく観察すると、右に向かって歩いた足跡の方が、左に向かって歩いている足跡よりも1回分足跡が多い。
つまり右に進んだ先にあるAの部屋で用事を済ませたXは引き返してBの部屋へ向かった。
その過程でどうしても通過しなければならないのがこのT字路だ。
そしてBの部屋での用事を済ませたXはこのT字路を通過して再びAの部屋へ向かった。
となれば、今Xが居るのは右に曲がったAの部屋ということになる。
まずはBの部屋に何があるかを確認した方がいいだろう。
足跡を追ってたどり着いたのは1つの部屋だった。
扉には先ほどまで通り過ぎてきた扉とは違って初めからコンソールがあり、カードを通すスリットとテンキーと指紋を認証するような装置があった。
つまり、他の部屋とは違ってここには重要な意味があるということになるが指紋認証をかいくぐる手法は時間がかかる。
無念だが、水前寺はこの部屋への侵入を諦めて先ほどのT字路まで戻り、進まなかった道へ足を進めた。

「ここか」
侵入して10分、いくつもの障害をくぐり抜けてようやく水前寺は目的の部屋へ辿りついた。
管制室である。

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