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回想



浅羽がミステリーサークルを作るのを、榎本はバンの中でいじけた表情のまま見つめていた。

「ちっ、浅羽のやろう。楽しそうだなちくしょー」
「いい加減に機嫌直したら? 浅羽君が一人でやるって言ってるんだからしょうがないじゃない」
隣に座る迷彩服で身を染めたWAC、椎名真由美は榎本を慰めるつもりもなかったが、ぐじぐじうるさいので何とか説得しようと努力している。
「へーへー、どうせおれはいい年だしおっさんだし若くもないですよ」
「全部いっしょだからねそれ」
椎名真由美は深く被っていた帽子を脱いで後部座席に放り投げる。以前のように長かった髪は先日すっぱり切ってきた。
榎本は横目で椎名を見て、
「その髪、あいつんとこで切ってきたんだって?」
「浅羽理容店」
「そうそれ。今日が引越しなんだろ?」
「家具とかはね。もう店の準備は整ってるって聞いたから、多分明日の式典で盛大にオープンするんじゃない?」
「なるほどな」
「ところで、昨日の夜に基地に侵入者があったって聞いてる?」
「は? しらねぇぞそんな情報」
「まぁ知らないとは思うけどね。猫だし」
「猫?」
「浅羽君のとこで飼ってた猫らしいわよ」
「ふーん。動物的カンってやつか」
「どういうことよ」
「そのうちわかる。それにしても浅羽の親父の腕も大したもんだな」
「聞きしに勝る腕前だったわよ、浅羽君のお母さん」
ずるっと榎本の頭が下がった。
「親父じゃないのか」
「浅羽君のお父さんは男性専門。自衛官や米兵ってほとんど男だし、まず女性は理容店にはあんまり行かないから基本ご主人が動いてるんだって。でもお母さんも知る人ぞ知る腕前でもらった賞状の数なんてご主人と競い合うぐらいあるんだって」
「散髪に章なんてあるのか。世の中は脅威に満ちてるな。おれも隠居したら浅羽のとこで雇ってもらおうかな」
「そういうとこが歳だって言われる原因じゃない?」
「るせ」
そこで会話はとまり、二人は動きっぱなしの浅羽を見つめる。
要領を得るまでは子供のお遊戯にしか過ぎなかったが、慣れてくると徐々にではあるが着実にミステリーサークルが形成されていっている。

「浅羽君……変わったわね」
「そうか?」
「気づいてるくせに。私は最後に会ったの浅羽君と加奈ちゃんが駆け落ちする前だし、あれから結構時間経ってるもの」
「駆け落ちなんて夢あふれるものじゃなかったと思うけどな。逃避行のほうがしっくり来るよ」
シートをリクライニングさせて榎本は腕を頭に回してどっかと深く倒れこむ。
椎名は舞うほこりを気にして窓を開ける。あり得ないほどの熱気が窓から流れ込んできた。
「何言ってんのよ。女の子の立場からしてみれば夢が現実になる瞬間じゃない。下手な告白よりずっとくるわよ。相手はしつけの厳しい親や親戚なんかじゃなくて恐怖渦巻く軍が相手なのよ。自分のために一緒に行こう、君を守り通すからなんて言われたら私だったらもう決める。一生をその相手に捧げようって」
――そんなこと思うのはその一瞬だけで男が泣き言を一つでも漏らしたらボディブローが飛ぶだろうな。と榎本は思う。
「妄想が80%ぐらい入ってないか。浅羽がそんな台詞吐けるはずないだろ」
「浅羽君のこと子供に見すぎじゃない? なんせ私に全治1週間の傷を負わせたんだからそんじょそこらの男とは大違いよ」
「そこなんだよな。あいつやるときゃやるかと思えば普段はあんなだし。さっきもミステリーサークルの図面を作るの手伝ってくれって頼んできたときはこいつ同い年だったら絶対いじめることになるだろうなと思ったぞ」
「あんたがへそ曲げてるからでしょうが。図面もなしに一人で作れるわけないでしょ」
「ところがだ、あいつ一人で図面も空間座標も計算して作り上げやがったんだぞ。わけがわからん」
「一人で? 空間座標も? 簡単な図面だったの?」
「いや、まぁまぁ面倒なもんだった。規則的な円なんてないし、バランスも難しそうだった。なのにあいつ機材使っていいぞって言った瞬間に画像データ山ほど取ってきて画像解析プログラムに食わせて陰影の強弱から3Dデータを起こして地図と組み合わせて実寸大の設計図作り上げやがった。多分30分もかからなかったと思う。水前寺にテク教えてもらったって言ったがあいつら下手したら情報戦の試験一発でうかるんじゃねぇか?」
「どんだけ技術持て余してる新聞部なのよ」
「去年の旭日祭であいつらの展示みてくりゃよかったと思ったよ。今年はお前も絶対行くべきだと思うぞ。ミスコンなんて出てないで」
「楽しかったんだからいいの。それはそれで。でも、確かに。今年のは見に行こうかな」
沈黙が訪れた。二人ともあの遠い日の旭日祭の日のことを思い起こしていた。だが二人は華やかな旭日祭よりも、絶望と文字通り死ぬぐらい働いた軍内部での出来事が脳内の大半を占めていた。先に口を開いたのは椎名だった。

「もしかしたら、あの日に世界は終わってたかもしれないのよね」
「そうだな」
「敵は一体だけだったんでしょ」
「そうだ」
「1号機をやったのはそいつなのよね」
「正確には1号機全壊、2号機半壊だ」
「4機全部で戦って撃退するのがやっとだったって聞いたけど」
「その通りだ」
「なんで加奈ちゃんだけで倒せたのかなって今でも思うんだけど」
「んなこと知ってどうすんだ」
「別に」
一気にそこまで話して、榎本はリクライニングさせていたシートを起こした。
「窓閉めろ」
言われる通りに椎名は窓を閉めた。
「あの日までの重力飛行はマンタの回避制動や演算システムにオートコントロールさせて伊里野は攻撃に専念してたんだ。それが一番生存率は高いって言われてたんだが、あの日は伊里野が自分のコントロールで重力飛行を操作するって言い出して、攻撃のほうをオートコントロールにしてほしいって頼まれた。上を納得させるのが何より大変だったよ」
「なんでそんなこと」
「確信があったんだろうよ。どんな確信かはそん時のおれは検討もつかなかったし、正直言うとおれは諦めてたんだ。2年前に被害を出しながら4機のブラックマンタでようやく撃退した奴を伊里野一人で倒せるわけがない。最後に伊里野の好きなように飛ばせてやるのもありかなと思ったんだ」
「倒したのよね?」
「ああ。伊里野は一人で倒したよ。戦闘モニター見てた奴らは全員クレイジーだって叫ぶような軌道でマンタを操縦してな」
榎本はダッシュボードに両手を乗せてけだるそうに話す。
「後で伊里野に聞いてみたんだ。なんなんだあの軌道はって」
「加奈ちゃんはなんて?」
ミステリーサークルを一人黙々と作り続ける浅羽を見ながら榎本は心底嬉しそうにつぶやいた。


「マイムマイム」



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