カウンター

救出



「椎名が迎えに来てくれたの」

再会の涙がようやく落ち着き、涙の跡でボロボロになりながら、それでも今まで見た中で一番嬉しそうな表情で伊里野は今日までの出来事をポツポツと話しだした。

敵は倒したんだけど、マンタも敵の攻撃でたくさん壊れてて、墜落したの。
基地からの通信は聞こえなくなってて、マンタを動かそうとしても反応しなくて、すごく大きな雲に飛び込んで、周りもなにも見えなくなって。自分が本当に墜落してるのかどうかもわからなくなった。
頭もくらくらしてて、色んな人の顔が雲に浮かんできた。今まで話したこともない軍の人とか、晶穂とか、ぶちょうとか、椎名とか、浅羽の顔も。
それからね、ジェイミーと、ディーンと、エンリコと、エリカの顔が浮かんできた。
みんなすごく楽しそうに笑って話してた。
その時にわたしは死んだんだって思った。
戦って、戦って、毎日戦い続けて、ようやくみんなと同じになれたんだと思った。
これからはずっと一緒にいられる。
わたしはそれもいいかなって思ったけど、みんなは賛成してくれなかった。
まだこっちにきちゃダメだよって言われた。
伊里野はまだすることがあるからって。
わたしはみんなと一緒にいたいって言ったけど、みんな笑いながら泣いてた。

その後ものすごく大きな衝撃がきて、真っ暗になった。なんにも見えなくて、目を開いているのかどうかもわからなくなった。上も下もわからなくなって、自分がコクピットに座ってるのかどうかもわからなかった。どれぐらいそこにいたかもわからない。眠ったかもしれないし、ずっと起きてたかもしれない。あたりはずっと暗いままで、怖くなって、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ泣いちゃった。
そしたら遠くから声が聞こえて、どんどん声が大きくなって、コクピットがこじ開けられて、椎名が迎えに来てくれたの。

次に目が覚めたら全然知らない部屋のベッドの上で、横になってた。
全身の感覚がなくて、首から上しか動かせなかった。 顔だけ横に向けたら、榎本がそばに座ってた。 他には誰もいなくて、すごく狭い部屋で機械の音だけが響いてた。
榎本は体中包帯だらけだったけど、元気そうだった。
どれだけ質問したか数え切れないぐらい質問した。
浅羽のことや、校長のこと、椎名のことや、晶穂のことや、戦争のこと。
榎本は全部答えてくれた。
椎名に助けられてから、2ヶ月ぐらい経ってたけどみんな無事だった。
よくやった、って榎本が褒めてくれたの。お前のおかげだって。
すごく、すごく嬉しかった。
だから言ったの。
浅羽に会いたいって。
そしたら榎本はもうしばらくがんばれば会えるって言ってくれた。

「だから今日までがんばった。浅羽に、すごく会いたかったから」
伊里野は少し恥ずかしそうに頬を染めながら自分の膝を抱える。
浅羽も自分の顔が熱くなるのを感じて、思わず視線を空に向ける。
「じゃあ、もう伊里野は大丈夫なの?」
「わからない。まだ医療班に定期的に検診してもらわないといけないし」
「まだ安心はできないんだ」
「でも、」
伊里野は膝にうずめた顔を上げて、浅羽に向き直る。伊里野の長い髪がさらりと流れる。伊里野は耳まで真っ赤にしながら、その言葉をずっと用意していたに違いない。

「これからは浅羽がそばにいるからいい」

浅羽は伊里野の言葉が心臓に直撃したのを感じた。
息が苦しくなりながら、浅羽は二人の間で眠っていた校長をそっと抱き上げて伊里野と反対側に下ろす。おそらく水前寺の仕業だろう盗聴器は既に校長の全身から外して叩き壊してやった。後顧の憂いは絶ったのだ。
だから、少しずつでいい。
浅羽は伊里野との距離を少しずつ詰める。
伊里野も浅羽の行動に気づくが、逃げ出したりはしない。耳まで真っ赤にしながら再び膝に頭を押し付ける。
左手が伊里野の体に触れるギリギリまで近寄る。さっきと同じかそれ以上に浅羽の心臓は鼓動を早めている。自分の鼓膜の中にまで心臓があるかのような激しい動悸の音がする。心臓は一生で活動する回数が決まっていると何かで聞いたことがある。なら今の自分寿命はものすごい勢いで縮んでいるんじゃないかと思う。隣を見る。久しぶりに見る伊里野の身体はあの夏に見たときよりもずっと小さく思えて、そしてその肩がすぐ傍にあることに改めて気づいて、その肩に左手を伸ばしたくなって、

爆発した。

浅羽は自分の心臓が破裂したと思って思わず心臓の辺りを鷲掴みする。だが激しい動悸はするもののそこにはまだ無事な心臓が確かに鼓動を続けていた。
自分の心臓が破けた音ではない。だが確実に爆発音はした。
伊里野に視線を向けると、伊里野は既に腰を上げ、小高い丘の上に視線を向けていた。伊里野の視線を追う。一本杉のある辺りで昼間にもかかわらず激しい閃光が辺りに広がっていた。
瞬時に何が起きているかを理解した。
「逃げよう」
浅羽も伊里野に遅れて立ち上がった。
一本杉に視線を向けたままの伊里野の手を取り、急速反転しながら校長を右手で抱え込む。
ふぎゃっ、と校長は悲鳴を上げながら浅羽の手の中でもがく。
伊里野と手を繋いで飛ぶような勢いで浅羽は走る。
浅羽はため息をつきそうになる気持ちが浮かぶ。にもかかわらず笑みが浮かぶのを止められなかった。

この伊里野と走り続ける毎日こそ、自分が追い求めていた夏の、新しい夏のあるべき姿だったからだ。


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