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変化



何もかもが変わっていく。

浅羽夕子は体育館で滞りなく式が進んでいくのを眺めながらそう思っていた。

園原基地のことについて言えば、米軍の撤退も漫然とながら進み、町を歩く米兵も少し少なくなった。 基地の敷地の縮小も同時に進行し、その空き地には新しい商業地区が開かれるらしい。
盛大な送別会の日程も決まり、その日に商業地区も同時に開放される予定だ。

家族のことについて言えば、父が少し前に突然言い放った引越しをするぞ発言から一騒動があった。主に兄と夕子が転校することを盛大に拒否してのものだった。息子と娘のタッグにたじろいだわけではないと思うのだが、父は転校はしなくてもいいと言った。
引越し先からでも園原中学なら行けるらしい。兄と二人でどこに引っ越すかを聞いても、父は笑顔ではぐらかすだけだった。
春の引越しラッシュが落ち着いたら引越しは実行されるらしい。

兄、浅羽直之のことについて言えば、引越しよりも驚くことが幾度もあった。
冬休みが始まったその日から、兄は急に父の床屋仕事を手伝うようになった。
登校日以外の毎日を兄は父の隣で職場に立ち、後始末や父の仕事を観察していた。
さらに夜にはバイトを始め、一日中を忙しそうに走り回っていた。
そして一番驚いたのは、園原基地が開講して以来閑古鳥が鳴いていた「救急救護教室」に理容店が閉まっている日には通うようになったのだ。
父も母も、兄の変わりようには驚いていたが、この数ヶ月の兄の悲痛な様子を思い出してか、好きなようにさせていた。
兄の変化を、間近で見て自分も何かしようと思った。

そして浅羽夕子自身について言えば、冬休みが明けて三学期になると同時に園原電波新聞部に入部を決めた。
周囲からは様々な声が上がったが、文句を言う輩には制裁を与え黙らせることにしている。
夕子が新聞部に入部したのは兄の変化の理由がここにあるのではないかと思ったからだ。
正確には、かつて新聞部に所属しており、今はよかった探し表に名前といくつかのシールが張り付いたまま消えてしまった人物に。

夕子が入部してからは怒涛のような毎日を送っている。永らく掲載されていなかった「園原電波新聞」が二週間の早いスパンで掲載されるようになった。内容も従来の色を残しつつ、毛並みが変わったと一部ではうわさになっている。
これは後から知ったことなのだが、以前の兄は新聞部の中ではみそっかすで、基本的には水前寺が一面を占領し、須藤晶穂先輩が二面その他を埋めて兄の記事はちょみっと載ってるだけだったらしい。
それが今では兄が堂々たる一面を占領する日々が続いている。
テーマは時々によるが、緊急時の医療マニュアルを実践写真付きで公表するという内容や、戦争での被災者のための募金を募る内容は教師からも評判がいい。さらに須藤先輩の記事のテーマは主に介護や育児のボランティアがメインだったため、今までは数箇所の掲示板に掲載されればいいほうだった園原電波新聞部は正式に部活に昇格し、部費も出るようになった。
休みがちな水前寺は時々文句を垂れながら不可思議記事を小さく載せるだけになったのはいい気味だと思う。
夕子は今は他の部活の成績や努力を小さく掲載するだけだが、将来的には大々的なスポーツ記事を取り上げ、自身が在籍するフィールドホッケー部も紹介し活性化することを目標にしていた。
全員が全員、ただの部活ではすまない熱意を持って部活動に励んでいた。

しかし、それも今日で一つの幕が降りる。

今日は園原中学の卒業式なのだ。
あの歩く核ミサイル、水前寺邦博が卒業するのだ。
それを夕子はどういう感情を抱いていいのかわからないまま今日という日を迎えている。
だが、感傷に浸るのはまだ早いと本能が告げていた。

あの、水前寺邦博が卒業するのだ。

何かが起きる。そう考えているのは自分だけでは絶対にないと思う。
そして夕子の予想通り、問題は在校生による送辞のアナウンスで幕を開けた。
「在校生代表、水前寺邦博君」
空耳ではなかった。
送られる三年生側ではなく、どこから現れたのか水前寺は迷うことなく壇上に向かって歩いていた。
その表情はいつもながらに自信に満ちた表情をしていた。 思わず立ち上がったのは自分だけではなく、兄も、須藤先輩も信じられないと言った表情で壇上を見つめている。
壇上で水前寺が話し出す。
「あーあー、こちらSK-1、こちらSK-1。感度良好、感度良好、オーバー」
一人芝居をはじめ、体育館が笑いに満ちる中、ようやく送辞を開始する。
「今日まで同じ学び舎で苦楽を共にした同志達よ、ご卒業、おめでとう。今後も苦難に満ちた人生ではあろうが、この園原中学で学び取った経験や知識を十二分に活用し、乗り越えていってくれたまえ。俺は半年前には知っていたのだが無断欠勤が続いたため留年が決定した。法律改正のせいでいたいけな中学生を留年させるとは国の政策に対し、俺は改めて失望している。しかし、そういう自体になってしまったものは仕方がない。事実は今後も園原電波新聞で訴えていくつもりなので情報提供を広く求めていくぞ。それと後方で待機している二年生諸君! 同級生として今後ともよろしく。特に浅羽特派員、須藤特派員、ゆーゆー!」
思いっきり名前を出され、立ったまま開いた口が塞がらなかった三人は周囲の視線に耐えかねて頬が熱くなる。
「では、卒業生の諸君! 今後の人生の健闘を祈る!」
会場中が拍手や声援で溢れる中、新聞部の面々は顔を見合わせ、声を出して笑った。
壇上で水前寺はマイクを高々と掲げて会心の笑みを浮かべている。

夕子は、後で絶対に水前寺を殴ることを決意しながら、心のどこかで水前寺が残留することを喜んでいるのに気づかないふりをするのに必死だった。

まだ、怒涛の日々はもうしばらく続くらしい。


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