考察
説明できない信用に基づいた協力体制がデリーズバーガーの3階という奇妙な場所で締結した。 水前寺は町田に目的を明かした。浅羽のこと。伊里野のこと。軍との関係。記憶を自分も消されたこと。 「はあー、なるほどね。じゃああんたはなんの関係もないその浅羽と伊里野って中坊のためにこんなことしてんのか。偉いもんだな」 町田はうんうんと納得したかのように何度も頷く。 「は? いや、関係はあるぞ。おれは新聞部の――」 「わかってるわかってる。皆まで言うな。自分の在籍してた部活がなくなるなんて嫌だもんな。俺も経験あるんだよ。中学の頃に入り浸ってたゲーセンが取り壊されるって知ったときは反対運動に参加までしたもんだからな。あんたの気持ちはよーくわかる。いくつになっても母校とか、入り浸ってた所は思い出の源泉だからな」 うんうん。 「いや、お前はおれを一体いくつだと思って、」 「んで、俺の容疑はこれで完全に晴れたんだな」 「――はぁ。容疑もなにも、信じるしかないんだからどうしようもあるまい。条件はすべてクリアしたのだから疑う余地も無い」 「その条件ってなんなんだよ」 すべてを1から説明しないといけないことが一瞬だが億劫になる。しかし、協力体制の必要性を再度思い出し、 「1つ目は町田が盗聴器や発信機の類をつけてないことだ」 「電波感知器で反応みたってやつ?」 「そうだ。昨日のお前には確実に盗聴器がつけられていた。これがそれを証明してくれた」 ゴトッという重厚な音を立てて電波感知器が机の上に置かれる。 「便利なもんだな。あんたの爺さんすごすぎだろ」 「こんなもんで驚いてたら寿命が縮まる。ちなみに今おれたちがしている会話も天じいに飛ばしてるからな」 「まじかよ……」 こっくりと水前寺は頷く。 発信機――ポジショントレーサーが靴に取り付けられていることと合わせて、水前寺は耳の後ろの米粒以下の黒い機械。ぱっと見ただけではほくろにしか見えないものを町田に取って見せた。水前寺は何かあった時のバックアップだと説明し、町田にもポジショントレーサーと盗聴器を取り付けさせた。 「これでお互いの位置がわかる。何かあったらトレーサーを外して踏み潰してから逃げろ。中に特殊な塗料が内蔵されていて普段は目に見えないがある光を当てれば発光する。靴に付着したまま走れば3km程度なら追跡できるから」 「お前らスパイやったほうがいいんじゃねぇか」 「おれとしてはCIAに入りたいんだがな」 恐らく本心なのだろう。水前寺の当たり前のような返答に町田は感心するべきか困惑すべきか迷う。 「さいですか。んで、他の条件ってのは?」 「あー、3階丸まる空いてんじゃんっ! ユミー、ハルカー! 上がってきなよ!」 酷い金切り声が水前寺と町田の会話を遮断する。同時に振り返ると、階下に向かって身を乗り出して手招きする小麦色の肌と表現するには抵抗があるほど真っ黒に肌を焼いた歩くアクセサリーのような金髪女が居た。まじでーっという声と共にまた歩くアクセサリーが2体ほど現れ、じゃらじゃらと音を立てて水前寺たちと3m程離れた席へ腰を下ろす。 「まだあんなのいるんだな」 「……………嘆かわしいな」 2人で頭を抱える。2人の後方では先ほどの3割り増しになった金切り声がきぃきぃとガラスを引っかくような煩わしい声で話し続けている。 「筆談にしよう」 「は? もしかしてあいつらがスパイだとか疑ってる?」 「あんな頭ぱーちくりんを疑うのもバカらしいとは思うが一応な」 「俺だったらあんなのには絶対に依頼しねぇぞ」 「念のためだ」 「わあったよ」 水前寺は盗聴器の感度を落とし、天じいへの配慮を見せたあと、隅に置いておいたダッフルバッグをむんずと掴み寄せて中からホワイトボードとマジックを取り出す。 「なんでも入ってんのなそれ。んで?」 「核心部分はおれがこれに書く。聞かれても支障ないことは声に出すから、お前は書いたことを復唱しないようにだけ注意してくれ」 「あいよ。んじゃ、さっきの質問だけど――残りの条件ってのは?」 早速水前寺がホワイトボードに何か書き込む。 『条件その2。お前の記憶が消されてるかどうか』 「どう関係すんの?」 「ちょっと待て」 水前寺は町田を牽制すると、ホワイトボードに文字を書き込み、町田に見せた。 「はぁ~、なるほどね」 「そしてお前がグレーのカードを持ってきてくれるかどうか、これが最後の条件だった」 名前の挙がったグレーのカードは、水前寺が取り出したラップトップ型コンピュータに接続されたカードリーダーに挿入されている。 「それは口に出していいんだ」 水前寺は頷く。 「あ、でもやっぱさ。このカードって罠なんじゃねぇの?」 「どうして?」 「いや、だってあいつらだし。なんもせずにカード返すとかありえないだろ。例えば、」 「例えばコンピュータに接続されると同時にハッキングしたり、さらに極端なことを言えば爆発させたりとか?」 「そうそうそれそれ! いや、爆発はないとしてもさ。てか爆発したら俺らもう死んでるし」 水前寺は町田の表情を見て高らかに笑う。 「大丈夫だ。というか、奴らは罠を張ることまでは絶対にしない」 「その自信はどこから来るんだよ」 よくぞ聞いてくれたとばかりに水前寺は膝を叩く。 「10分前のお前と同じだ。やつらも思っただろうな。おれとお前が協力体制を改めて組むなどありえない、とな」 疑問が町田の顔面を覆う。それが? と書いてあるようだ。 「おれはお前とこうして改めて協力体制を組むことを前提として、お前にカードを預けたんだ」 どでかいダッフルバッグを水前寺はごそごそといじくり、中からひとつのケースを取り出した。そして、ケースの中から出てきたのは、 「え!?」 「手にとって見ろ」 水前寺から手渡されたのは今もすぐそこで読み込みが行われているグレーのカードそのものだった。外見をじっくりと見てもその差はほとんどわからない。 「そうか! これ」 「外れだ」 先んじて水前寺は町田の考えを否定する。 「声に出すなよ」 水前寺はホワイトボードに『昨日渡したカードの方がマスターカード。今お前が持ってるのはそのコピーだ』と書いた。 「どういうことなんだ?」 『奴らは狡猾だ。それも恐ろしく。だからこそ、このすり替えに意味がある』 「ちゃんと説明してくれって!」 「順を追って話そう。まずお前が巻き込まれた件からだ」 そういいながら水前寺はマジックをクルクルと回転させ、ホワイトボードをトントンと叩く。デリーズバーガーの一角に座ったままだというのに、町田は高校の時に通っていた塾の様子を思い出し、無意識に拒否感が生まれるが今回に限っては好奇心が勝った。ホワイトボードに町田という文字と、Enemyという文字。恐らく軍の連中のことだろう。 「まずお前が軍に巻き込まれたそもそもの理由……、それは」 「それは……?」 喉が自然とごくりと音を鳴らすのを町田は無意識に感じた。数ヶ月の記憶の喪失。その答えがついにわかるときが来たのだ。緊張して当たり前だった。 「わからん」 椅子からずり落ちそうになる。 「おいっ!」 「いや、実際そんなに前のことわからんのだから仕方なかろう。だが、昨夜お前が巻き込まれた理由だけならわかる」 「もういいよ、それで。なんなんだよ先生。教えてくれよ」 「なんだか投げやりになってないか? で、だ。お前はおれを混乱させるために巻き込まれた道化みたいなもんだ」 「道化……なんか酷くないか?」 「事実だ。正直言ってお前はグレーの回収を命じられていたわけだが、実はそう大きくは期待されていなかったはずだ」 「まぁ相手があんたじゃな」 「ほう、目の付け所はいいな」 「え、どこ?」 「相手がおれだという所だ」 水前寺の口角が上がる。 「そういうこと自信満々に言うのやめようぜ」 「冗談だ。奴らとは色々あってな。やりあう機会が結構あったせいでお互いの手の内はなんとなく読めるんだ。おれがグレーのカードを手に入れたという情報が奴らにどういうわけか伝わり、奴らとしてはなんとしてもそれを取り戻さないといけない状況に陥る。そこで手の内を知られてる軍の人間のほかに、民間人を使っておれを混乱させる作戦に出た」 「それで俺だってか」 「そうだ。現におれは昨夜お前にバッグの中身を見られるという失態を犯した」 「ああ、昨日もこれバッグの中に入れてたのか……あれ?」 「ん?」 ギラリと水前寺の眼光が町田を射抜く。授業中に突然壇上に上がって説明をしろと言われる生徒の気分を久方ぶりに味わう。 「あ、えーっと。大したことじゃないかも知れないけどさ。軍の奴らはグレーのカードをあんたが持ってるっていつ知ったんだ? 実際にそれを渡してもらった瞬間でも見られたのか?」 「いや、おれがカードを預かった時は監視の目はなかったと思う。確信はないが。で? それがどうした」 「あー、記憶消されてる部分だから確証はないんだけどさ。さっき説明しただろ? 風呂に入った前後で記憶が途切れてるって」 「――ふむ。時間か」 「そう。あんたがカードを預かったのって昨夜の9時半以降なんだろ? でもおかしいんだよ。俺が風呂に入る前に録画しようとしてたドラマって9時スタートなんだ。でもおれちょっと寝ちまってさ。10分ぐらい過ぎてから目が覚めて慌てて録画したんだ。んですっきりしようとして風呂に入ってから、あとは覚えてない」 ホワイトボードにキュッキュッと情報が加えられる。時系列にそって、水前寺と町田の行動、軍の人間の行動とグレーのカードの変遷が記入される。9時10分から10時までの空白にEnemyの文字から矢印が向かう。 「つまり、やつらは俺がカードを預かる前から動いていたということか」 「ってことにならないか?」 「――町田。お手柄だ」 「え、マジ?」 「ああ。方法はわからんが、この情報は今までの前提を覆す事態になりかねん」 「え、それまずいんじゃ」 「逆だ。連中の計画を覆す一手になる可能性があるということさ。だが今は未確定だ。情報の整理を優先しよう」 町田はコクリと頷く。 「お前が作戦に使われた理由はわかったな? 民間人を使って予測不可能な事態を作り出すことによっておれを混乱させるためにお前は作戦に引っ張り込まれた。だがお前の存在はおれだけでなく、やつらの混乱も招くことになった」 「カードを俺が手に入れちまったことか」 「うむ。連中はお前を使って混乱したところを襲うつもりだったのだろう。しかし、予想外なことに、お前はカードを手に入れて帰ってきた」 「でもそれもあんたの作戦なんだろ?」 「無論そうだ。だがここからが奴らが狡猾だと言った理由がある。連中は思ったはずだ。『今日会ったばかりの男を水前寺が信用するだろうか? ありえない。カードを預けたということはなにかのカラクリがあるはずだ』とな」 「うわ、穿った考え方するねー。んで? 実際はどんなカラクリなんだよ」 「ここからは口を挟まずに文字だけを追ってくれ。質問があればお前も書いてくれ」 「わかった」 水前寺の作戦の説明が終わるには15分ほどの時間がかかった。 そして説明が終了するのを待っていたかのように水前寺のコンピュータが電子音を上げた。 震え上がる町田を他所に、水前寺はコンピュータのキーボードをカタカタと操作し、電源を落とす。 「よし。必要なデータは全部天じいに送った。後は天じいが解析してくれるのを待つだけだ。――ん? どうした町田」 「どうしたもこうしたもねぇって。なんか俺とんでもない奴に手を貸しちまったなぁーってさ」 「まだまだこんなもんじゃないぞ。次はお前を調査する番だ」 水前寺の言葉に町田は両手で体を抱くように自分の身を護る。 「な、何する気だよ……、まさか――」 あまりにも町田の動作が水前寺の予想を超えたためだろうか、水前寺は急に胸焼けを感じて腹に落とし込んだ食事がこみ上げてくるのをなんとか抑える。 「お前の消された数ヶ月のことを調べるんだ。まず手始めにお前の家だ。お前がその数ヶ月の間どこにいたかを調べる手がかりにもなるだろうからな」 「なんだ、そういうことか。あ、でも俺家汚いし……ちょっと掃除してからでいい?」 「手がかりがなくなるかもしれんだろうが。いいから場所を教えろ」 「ええー……わかったよ。俺んちは――なんて説明すりゃいいんだ? ああ、あそこだよ。さっき言ってた浅羽って中坊。そいつん家って床屋だろ?」 「それがどうした」 「そこの真向かいのアパート」 町田の発言に水前寺はデリーズバーガーの3階を飛び越えて2階にまで響くような大声を上げる。 「なんだとっ!! それを早く言えっ!!!」
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