目撃
水前寺は息を呑んだ。 月明かりの中から一気に暗闇へと移動したため目が慣れるまでまだ数秒かかる。 水前寺は目を閉じ、耳へ全神経を集中させる。 微かな風の音が先ほど侵入した入り口から聞こえる以外に物音は感じられない。どうやら先行した侵入者は既にこの周囲からは離れているようだ。そのままぴったり15秒を心の中で数え目を開ける。 入り口から僅かに差し込む光を背に、シェルターの中を睥睨する。 以前浅羽と伊里野が「シェルター事件」を起こした際に目撃した内部とは少し様子が違っていた。 まず以前は全て閉鎖されていた3方に鎮座していた隔壁が全て開いている。水前寺の予測では同じような部屋がここを含めて7つあると踏んでいるが、そのいずれの隔壁も本来の役目を果たしていない。本来の目的を解かれたシェルターとしては当たり前のことなのかもしれないが、それが逆に水前寺の頭の片隅に違和感を走らせた。違和感の正体を考えるよりも早く次なる疑問点が見つかった。 以前は床からせりあがっていたハッチがすべて格納されている。無数の線が走っていた床には多くの砂や小石が転がっているが、一面何も、誰もいない。背後から吹き込む風がシェルターの奥まで何の障害もなく流れ込んでいく。 ―――。 3方の隔壁の中央方向に開く隔壁のずっと奥が少し明るい。 どうやら中央方向に後2部屋あるのは確かであり、その最奥の部屋のライトがついているようだ。 頭の中でシェルターの全体像を浮かべる。 恐らくこのシェルターは1つの円の中に7つ、同じ大きさの部屋がある。侵入した入り口が尾翼に位置し、光の灯っている部屋はその機首に位置する。水前寺はしばし迷い、念のため右翼側位置する隔壁へ向かい、中央方向からの進行を避けた。 侵入者の待ち伏せを警戒してのこともあるし、なによりそちらの方向に何かがあるような気がしたのだ。何か得たいの知れない感覚の存在を感じるときはどんな理論的で理知的な可能性よりもその感覚を信じることにしていた。 得てして水前寺の感覚は正しかった。 その部屋は先ほどの部屋と同じ構造をしているにも関わらず、その様相はまったく異なっていた。全てのハッチが口を開き、格納コンテナが床からせりあがった状態で放置されていて、その数は20を超えていた。格納ハッチに近寄り、スイッチと思われる液晶パネルに触れる。空気が抜けるような音が響き格納コンテナの中身が現れた。 中には何もなかった。 それから3つの格納コンテナを開いてみたが中身はすべてもぬけの殻だった。解体と銘打った作業を行った後なのだから当然の結果ではあるのだが、水前寺は少しだけ落胆した。 再度周囲に警戒の目を光らせ、音も念入りに確認する。だが、この世界に自分ひとりだけしか存在しないかのように他者の存在を感じない。 水前寺は格納コンテナの間をすり抜け、例の機首部分の部屋に向かうことにした。 足が止まる。 隔壁がひとつ閉まっている。 水前寺の進行ルートとしてはそのままシェルターの外周部の部屋を右翼側から迂回して機首部分の部屋に向かう予定だった。しかしその部屋に通じる隔壁が閉じていた。その理由に少しだけ頭を働かせるがその情報はまた後ほどに回すことにして、結局中央部から機首部分の部屋へ向かうようにルートを変更する。 中央部の部屋は先ほどまでの部屋と違い、ハッチは全て閉じられていて床にはなにもない。暗いながらも先ほどまでの部屋よりは明かりが洩れている分よく見通せた。 隔壁が多かった。中央部からは全ての部屋へ繋がるように設計されているのであろう、6つの隔壁があった。 しかしまたひとつだけ隔壁が閉じている。 先ほどの右翼側外周部に当たる部屋だ。 水前寺は先ほど頭の隅に追いやった疑問がふつふつと湧き上がってくるのを感じたが、その疑問は水前寺の吐く息と同時に霧散する。 何者かの気配を感じ取ったのだ。 侵入者だ。 完全に動きを止め、侵入者の気配が一切動かないのを確認してから足音を殺し一気に部屋を覗き込むことができる位置にまで移動する。 腰のサイドポーチに手をつっこみ、折りたたみ式の鏡を取り出す。体は隔壁の影に隠したまま右手の中の鏡だけを角度を変えて部屋の中をのぞく。 明かりは部屋の天井に取り付けられたライトが1つだけともっていた。その光量は決して強いとは言えず、部屋の多くは影に覆われている。 ハッチも多くが開き、格納コンテナも姿を現している。コンテナが邪魔でその隙間から見える情報はさほど多くない。しかしそのまま角度だけを徐々に変えていく。 ――。一度通りすぎた。 それほどまでに鏡に反射された世界は小さく、か細く、そして信じられないものだった。 水前寺は鳥肌が立つという感覚を久しぶりに味わった。 それほどのものが鏡に映りこんだのだ。 ライトの真下。部屋の中心部。その薄い明かりの中で床に膝をつく人物。 それはあまりにもよく知った存在だった。 侵入者は新聞部の一人。 ――浅羽直之だった。
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